あはは、と明るく応えると、須崎さんはちょっと目を細めて眩しいものでも見るかのように俺の方を向いた。
「羨ましいです。大川さんは良い人ですね」
「あ、え、良い人なんて、初めて言われました」
「ははっ」

 お、調子が戻ってきたようだ。俺は福留さんの話へとハンドルを切ることにした。
「マスターは、どうしてそのバラココーヒーを福留さんに出すようになったんですか?」
 表情を少し柔らかくした須崎さんは、もう一度そのコーヒー粉の缶を手に取った。
「詳しい話は聞いていないんです。ですが、この店にいらした時に『フィリピンのコーヒーは置いてないのかい』とおっしゃって。特徴や何かを聞いて、バラコだと思い当たりました。おそらく何か思い入れのあるコーヒーなんだろうと」
「思い入れ、ですか」
「いつもおひとりでいらっしゃるのもご事情があるのだろうとは思いますが、それ以上は聞けなくて」
「でも、あのご様子じゃ不便ですよね。福留さんに伺ってみたいんですが、来店された時にご連絡いただけないでしょうか」

 俺の本心としては、万が一孤独死なんかで団地再生プロジェクトが頓挫したら次の仕事がなくなってしまうからなんだが、それはさすがに口には出さずに、当たり障りなく核心に触れた。
 すると須崎さんは、今度は難しい顔をして黙りこくってしまった。そんなに考え込まずとも、連絡をくれるだけでいいんだが。しばらく沈黙の時間があって、意外な答えが返ってきた。

「あの方がどうしておひとりでいるのか。どうして市役所の皆さんの力を頼りたくないのか。何となく分かるような気がします。まず僕が話を聞いてみます。少し時間をもらえませんか」
 須崎さん、理由が分かる気がするなんて何を根拠にそんなこと。第一、失礼だがたしかに口下手そうな須崎さんが、福留さんを説得出来るとは思えない。喋りなら俺の方がたぶんマシだ。

 サ店をあとにして打ち合せを済ませ、職場に戻ったあとも、俺の頭には疑問が残っていた。
 福留さんが他人に対して意固地な理由なんて、ぶっちゃけ俺にはどうでもいい。団地再生プロジェクトに影響が出ないよう林さんのサポートをするだけの話だ。
 万が一説得出来なくても、市役所としてはきちんとした対応をしてますよ、こういった問題にも真摯に取り組んでいますよ、というアピールが出来れば十分だろうくらいに思っている。