あれ? そこで俺は思い出した。こないだここでコーヒーを飲んでいた足の悪いおじいさん、あの人がおそらく福留さんだ。ということは、このサ店で張っていれば福留さんに会えるんじゃないだろうか。

「あ、あの。マスター」
 テーブルの上の空いたコーヒーカップを片付けていた須崎さんに声を掛けた。台拭きでテーブルを拭き上げていた須崎さんが「はい、他にもご注文ですか」と顔を上げる。

「あ、いえ違うんですけど。前にここに来られていた足の不自由なおじいさんについて、聞きたくて」
「足の……、ああ、福留さんですか。あの方が何か」
「そうです、福留さん。ちょっと市役所の福祉課の方で用が会って、どうしてもお会いしたいんですけど。家に伺っても出てくれなくて。ここには何度もいらっしゃるんですか?」

 初めは訝しげに俺の話を聞いていた須崎さんだったが、トレイをカウンターに置くと、居住まいを正した。事情を反芻し理解しようとしてくれているらしい。俺とは違ってなにごとにも真面目だ。
「福留さん、ですか」
 顎に人差し指を当て真剣に思い出そうとする須崎さんの姿を見ていると、じっちゃんの名にかけてとでも言いたくなる。いや年齢的にじっちゃんの方か? あ、糊の効いた白いシャツにギャルソンエプロンといういで立ちならば、頭脳は大人な小学生とタッグを組むあのイケメントリプルフェイスかも? なんて、関係のないことを考えている俺は不真面目だな、まったく。

 顎の下で結んでいた指を解くと、須崎さんは口を開いた。
「この店がオープンして二週間ほど経った頃でしょうか。平日の昼下がりですとかこんな時間、他のお客様があまり来ない時間帯にいらっしゃるようになって、それから一週間おきくらいのペースでコーヒーを飲みに顔を出して下さいます」
「そう言えば、こないだも何も注文されていないのに、マスターがコーヒーを出していましたね」
「ああ、よく見ていらっしゃいましたね。これです」

 須崎さんは、カウンターの上の棚からコーヒー粉の入った銀色の缶を取り出した。蓋を開けて俺の方に軽く中身を向けると、俺が飲んでいるマンデリンとはまた違った香りがふわりと漂ってくる。
「うわ、香りがすごい」
「でしょう」

 コーヒーの話になると、須崎さんはなんだか急に気さくな雰囲気になった。ほんのり目尻を下げながらそのコーヒーの香りを嗅ぐような仕草をして、すぐに蓋を閉めた。