課長と森本さんで勝手に話が進んでしまいそうなので、強引に話を引き戻したところによると、福祉課だけでは対応しきれない住民の細かなサービスを請け負っている民生委員から、「どうしても電話に出てくれないおじいさんがいて困っている。訪問にも応じてくれない」という連絡があったらしい。
 それくらいでなぜ課を跨いだ案件になるのか? と俺は首を傾げた。すると森本さんは「はぁ」とこれ見よがしにため息をつき、そんなことも分からないのかといった感じで説明を付け足してくれた。理解が遅くてすみませんね。

福祉課によると、そのおじいさんは介護サービスを受ける資格があるくらい生活に不自由しているようで、せめて民生委員の訪問だけでも了承してもらえないと、行政は仕事をしているのかなんてつつかれかねない。「住みたい街づくり」に綻びが出ないとも限らない。
ことが大きくなる前におじいさんの元へ出向き、しかるべき行政サービスを受けてもらいたい、というのが今回の相談の内容なんだそうだ。

「でも、なんで俺が同行しなきゃいけないんですか」
「正直、私も森本君の方が知識はあると思うが」
「私のカンです」
「え?」
「え?」
 課長と俺は思わず顔を見合わせた。森本さんは涼しい顔で続けた。
「大川君のやる気のなさと今どきっぽさが、逆に効果的なのではと」

 ……褒められているのか、けなされているのか。森本さんの鶴の一声で、俺は林さんに同行する羽目になった。

「ダメねぇ」
「居留守ですかね」
 林さんが困ったように顔に手を当てる。数回インターホンを鳴らしてみたが、一向にそのおじいさん──福留さんというらしい、の応答する気配はなかった。もちろん電話もしてみたが出ない。民生委員がダメだと言うのに、市役所からの訪問や電話になんかもっと出るわけないのはまぁもっともか。

「どういう人なんです、その福留さんて」
 行政サービスを受ける資格があるほど生活に不自由があるんだとすれば、家の中で万が一のことがあった時、すぐ連絡の取れる身内がいないと面倒くさいことになる。だが福留さんには、そういった身内もいないようだった。

「足がねぇ、お悪いらしいのよぉ。買い物は月に何度か団地のスーパーに行かれるらしいんだけど、ここのところ姿を見せてないらしくてぇ」
「え、それは大変じゃないですか」
「そうなのよぅ。私も一度お目にかかったことはあるんだけど、その時はかくしゃくとされてて他人の手は借りたくないなんて仰っててねぇ」

 なるほど、自尊心の高い頑固じいさんてわけか。