入学してからもうすぐで二ヶ月。クラスの奴らの顔と名前が一致してきた。陽希に巻き込まれる形で会話をするようになったのだ。
陽希と行動を共にする、という戦略は間違っていなかった。会話のきっかけならあいつが作るし、僕は輪に入って相槌を打つだけだ。
田舎の閉鎖的なコミュニティとは違い、こちらは流動的。何か一つの話題だけで固まることはないし、噂話なんかもされない。やはり湊市に戻ってこれて良かったと思った。
五月三十一日。明日からは六月になってしまうんだな、と時の過ぎる早さを思いながら登校すると、陽希が僕の席に来て、いつもよりもさらに気持ち悪いニヤニヤ顔をしてきた。
「なぁ、千歳。俺に言うことない?」
「はぁ……おはよう」
「そうじゃなくて」
「ええ……」
俺は陽希の顔をまじまじと見た。けっこうタレ目だと思った。絶対にそういうことではない。髪型か。いや、何も変わっていない。
「……降参。わかんないよ」
「やっぱり覚えてくれてなかったかぁ。今日、俺、誕生日」
「そうなの? おめでとう」
ということは牡牛座か。星座占いにハマったことがあるので知っていた。おっとり……はしていないな。マイペースなのは合ってるか。占いなんて当たるの半分くらい、というのはまさにそうらしい。
「陽希、飲み物でもおごろうか? 誕生日プレゼント」
「よっしゃ! 自販機行こう!」
ミナコーには中庭に続く渡り廊下の途中に自販機がある。僕は飲み物を選ばせた。
「決めた。コーヒー」
「あっ、飲めるんだ」
僕が缶コーヒーを手渡してやると、陽希はそれに頰ずりをした。
「えへへ……千歳からのプレゼントだぁ」
「百二十円だけどね」
教室に戻る途中、陽希が言った。
「千歳は八月二十日だよな! お返しするから」
僕は乙女座だ。性格が合っているかはともかく、こんなところまで女っぽいのかと嫌気がさす誕生日である。
「陽希、よく覚えてたね」
「一年生の時、自己紹介カード見せ合ったろ? その時知った」
「……何それ?」
「えー! 小学一年生の時に同じクラスだったじゃないか!」
「……そうだっけ?」
まずい。まるで記憶がない。陽希との仲がそんなに前からだったことに驚いた。
教室に着き、陽希は缶コーヒーを飲むのかと思いきや、大事そうにリュックサックに入れたので面食らった。
「飲まないんだ?」
「家でゆっくり飲む。缶は洗って置いとく。俺、千歳からのプレゼントは全部保管してるんだ」
「はぁ?」
よくよく話を聞いてみると、小学一年生の時の僕は、陽希に折り紙の手裏剣を渡したらしい。金色と銀色の紙を使った、陽希曰く「豪華なやつ」だったのだとか。
「さっぱり記憶にない……」
「嬉しかったんだぞ? 金と銀の折り紙ってレアだろ。それを使ってくれたんだからさぁ」
「そ、そっかぁ……」
ここにきて陽希のことがよくわからなくなってきた。小学生の頃の思い出を未だに引きずっているというのは、純粋というか何というか。ただ、憎めなくなってきたな、というのが正直なところである。
その日は火曜日だったので、音楽室での練習はなし。部室に四人が集まり、文化祭の話をした。仕切ったのは陽希ではなく、グレーキャットのバンドスコアを読み込んだ静人だった。
「好きな曲、というより、できる曲から選んだ方がいいと思うんだ。だからこの三曲」
静人が選んだのは、「サクラナミキ」「遠雷」「フォーマルハウト」だった。静人は続けた。
「一番の不安材料は陽希のドラムね。だからリズムが簡単なこの三曲にさせてもらった。その代わり、ボーカルはけっこう難しいんだけど……千歳ならできるとボクは思ってる」
そこまで言ってもらえると、嬉しいのが半分。期待に応えなければ、というプレッシャーが半分。しかし、僕は力強く言った。
「うん。僕頑張るね!」
静人は頷き、さらに述べた。
「まあ、ライブでやるならバランスがいい三曲だ、っていうのもある。ボクの中では順番もできててさ……」
静人の構想はこうだった。激しくインパクトのある「遠雷」で幕開け。ノリのいい「フォーマルハウト」に繋げる。最後に「サクラナミキ」でしっとりと締める。簡単に言うとそういうことらしい。
僕たちはその曲順で聴いてみた。ライブをする時のことを思い浮かべながら。成功すれば、それなりにカッコいい。僕はプレイリストを作り、その三曲を毎日聴きながら登校することに決めた。
帰りの電車で僕は陽希に言った。
「歌詞を間違えないように、っていうのも大事だけど……きちんと内容も理解して歌えるようになるよ。音楽会の時もそんなこと言われたし」
「ああ、そうだったんだ」
「やるなら中途半端なことはしたくないからね」
「さすが千歳。俺もしっかりしないとな」
帰宅してから、僕は歌詞をノートに書き写した。グレーキャットの歌詞はそんなに難解なものではない。とてもストレートだ。だからこそ、曲に乗せた想いを真っ直ぐに伝えられるようになりたい。そう心に決めた。
陽希と行動を共にする、という戦略は間違っていなかった。会話のきっかけならあいつが作るし、僕は輪に入って相槌を打つだけだ。
田舎の閉鎖的なコミュニティとは違い、こちらは流動的。何か一つの話題だけで固まることはないし、噂話なんかもされない。やはり湊市に戻ってこれて良かったと思った。
五月三十一日。明日からは六月になってしまうんだな、と時の過ぎる早さを思いながら登校すると、陽希が僕の席に来て、いつもよりもさらに気持ち悪いニヤニヤ顔をしてきた。
「なぁ、千歳。俺に言うことない?」
「はぁ……おはよう」
「そうじゃなくて」
「ええ……」
俺は陽希の顔をまじまじと見た。けっこうタレ目だと思った。絶対にそういうことではない。髪型か。いや、何も変わっていない。
「……降参。わかんないよ」
「やっぱり覚えてくれてなかったかぁ。今日、俺、誕生日」
「そうなの? おめでとう」
ということは牡牛座か。星座占いにハマったことがあるので知っていた。おっとり……はしていないな。マイペースなのは合ってるか。占いなんて当たるの半分くらい、というのはまさにそうらしい。
「陽希、飲み物でもおごろうか? 誕生日プレゼント」
「よっしゃ! 自販機行こう!」
ミナコーには中庭に続く渡り廊下の途中に自販機がある。僕は飲み物を選ばせた。
「決めた。コーヒー」
「あっ、飲めるんだ」
僕が缶コーヒーを手渡してやると、陽希はそれに頰ずりをした。
「えへへ……千歳からのプレゼントだぁ」
「百二十円だけどね」
教室に戻る途中、陽希が言った。
「千歳は八月二十日だよな! お返しするから」
僕は乙女座だ。性格が合っているかはともかく、こんなところまで女っぽいのかと嫌気がさす誕生日である。
「陽希、よく覚えてたね」
「一年生の時、自己紹介カード見せ合ったろ? その時知った」
「……何それ?」
「えー! 小学一年生の時に同じクラスだったじゃないか!」
「……そうだっけ?」
まずい。まるで記憶がない。陽希との仲がそんなに前からだったことに驚いた。
教室に着き、陽希は缶コーヒーを飲むのかと思いきや、大事そうにリュックサックに入れたので面食らった。
「飲まないんだ?」
「家でゆっくり飲む。缶は洗って置いとく。俺、千歳からのプレゼントは全部保管してるんだ」
「はぁ?」
よくよく話を聞いてみると、小学一年生の時の僕は、陽希に折り紙の手裏剣を渡したらしい。金色と銀色の紙を使った、陽希曰く「豪華なやつ」だったのだとか。
「さっぱり記憶にない……」
「嬉しかったんだぞ? 金と銀の折り紙ってレアだろ。それを使ってくれたんだからさぁ」
「そ、そっかぁ……」
ここにきて陽希のことがよくわからなくなってきた。小学生の頃の思い出を未だに引きずっているというのは、純粋というか何というか。ただ、憎めなくなってきたな、というのが正直なところである。
その日は火曜日だったので、音楽室での練習はなし。部室に四人が集まり、文化祭の話をした。仕切ったのは陽希ではなく、グレーキャットのバンドスコアを読み込んだ静人だった。
「好きな曲、というより、できる曲から選んだ方がいいと思うんだ。だからこの三曲」
静人が選んだのは、「サクラナミキ」「遠雷」「フォーマルハウト」だった。静人は続けた。
「一番の不安材料は陽希のドラムね。だからリズムが簡単なこの三曲にさせてもらった。その代わり、ボーカルはけっこう難しいんだけど……千歳ならできるとボクは思ってる」
そこまで言ってもらえると、嬉しいのが半分。期待に応えなければ、というプレッシャーが半分。しかし、僕は力強く言った。
「うん。僕頑張るね!」
静人は頷き、さらに述べた。
「まあ、ライブでやるならバランスがいい三曲だ、っていうのもある。ボクの中では順番もできててさ……」
静人の構想はこうだった。激しくインパクトのある「遠雷」で幕開け。ノリのいい「フォーマルハウト」に繋げる。最後に「サクラナミキ」でしっとりと締める。簡単に言うとそういうことらしい。
僕たちはその曲順で聴いてみた。ライブをする時のことを思い浮かべながら。成功すれば、それなりにカッコいい。僕はプレイリストを作り、その三曲を毎日聴きながら登校することに決めた。
帰りの電車で僕は陽希に言った。
「歌詞を間違えないように、っていうのも大事だけど……きちんと内容も理解して歌えるようになるよ。音楽会の時もそんなこと言われたし」
「ああ、そうだったんだ」
「やるなら中途半端なことはしたくないからね」
「さすが千歳。俺もしっかりしないとな」
帰宅してから、僕は歌詞をノートに書き写した。グレーキャットの歌詞はそんなに難解なものではない。とてもストレートだ。だからこそ、曲に乗せた想いを真っ直ぐに伝えられるようになりたい。そう心に決めた。