テスト期間が始まった。勉学には厳しいミナコー。部活動は禁止である。ただ、部室の使用までは制限されなかったので、陽希に誘われて部室でテスト勉強をすることにした。
「……わからん。大我、ヘルプ」
陽希はしょっちゅう大我を頼っていた。大我は呼ばれると、いそいそと陽希の開いている問題集を覗き込むのだった。人に教えるのが好き、というのは本当のことらしい。
僕はというと、理数系の科目に四苦八苦していた。数字にはどうも弱い。文章はすんなり読めるし暗記も得意なので、そこでなんとかカバーしてミナコーに受かったようなものだ。
テスト前日になり、いよいよ全員が煮詰まりきった時、陽希が叫んだ。
「あー! もう無理限界! おやつ食べよう! おやつ!」
糖分を摂るのは僕も賛成だったので、四人で購買に行った。冷蔵の棚にはプリンがあり、僕はそれに決めた。
戻ってきて、おやつタイム。スナック菓子を抱えた陽希が僕のプリンをじっと見つめてきた。
「……なぁ千歳。俺の一個やるからプリン一口」
「ええ? 間接キスじゃないか」
「あっ、そういうの気にする?」
「する。食べたいんなら自分で買ってくればいいでしょ」
そんなやり取りを見ていた大我が言った。
「二人って仲良いねぇ。小学校の時から一緒なんだっけ?」
僕は訂正した。
「小学校の時は一緒だったけど、中学は違った。高校で再会したからびっくりしたよ。それにそんなに仲良くない」
「えー! 俺は親友だと思ってたんだけど?」
「勝手に親友にしないで」
静人がプッと吹き出した。
「そういう軽口が叩けるのって、十分仲が良いって言えると思うけど?」
僕はつい、静人をにらみつけてしまった。話題をそらしたい。僕は静人に聞いてみることにした。
「静人と大我は中学からの知り合い?」
静人が答えた。
「うん。大我が楽器やってみたいって言うから、家に呼んで色々触らせたんだよ」
大我が言葉を継いだ。
「そこで一番気に入ったのがベースでさぁ。曲の土台になる、っていうのがカッコいいと思って。もちろん誰かと合わせるのが楽しいけど、一人で黙々と練習するのもいいんだよね」
「へぇ……」
正直に言うと、ベースって地味な楽器だな、とあなどっていたので、大我の姿勢には感心した。
陽希が言った。
「俺も練習は毎日してるよ! 大西先生に基礎教わってさ。メトロノームに合わせて叩くやつしてる!」
それからは、楽器談義が始まってしまった。メーカーの名前なのか何なのか、よく分からない単語が飛び、すっかりついて行けなくなってしまった。僕はプリンのカップをゴミ箱に捨て、咳払いをして話を止めさせた。
「そろそろ勉強しよう。明日だよ」
高校初めてのテストは……まずまず、といった出来だった。三十点以下を取ると補習と再テストがあるらしいが、それはまぬがれた形だ。
テスト最終日の翌日が金曜日だったので、僕たちは音楽室に集まった。陽希が言った。
「ボロボロでもいいから、サクラナミキ合わせてみない? 難しいフィルインは飛ばしてリズムだけ刻むから」
僕は言った。
「うん、いいよ。僕も歌詞覚えてないから見ながらね……」
陽希がスティックを鳴らす。タン、タン、タンタンタン。穏やかなギターの音色が始まった。僕はくれぐれも出だしでつまづかないよう耳を澄ませた。
素人の僕だが、ドラムに明らかにミスがあるのはわかった。それでも僕は歌い上げる。あの日、カラオケ音源を再生して歌った時とは違う。生の音。肌がひりつくような臨場感。
――バンドで歌うって、こんなにも気持ちいいんだ。
歌いきった瞬間、僕は叫び出したいような気分に駆られたが、先に陽希にやられた。
「あー! いいっ! やっぱり千歳の歌は最高!」
陽希は立ち上がり、僕に寄ってきて、頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「ちょっと! やめろってそういうの!」
「だって千歳が可愛いんだもん! あっごめん、可愛いって言っちゃダメだっけ……」
「そうだよ! 次はないからね!」
俺は陽希を引き剥がし、静人の側に行った。
「はい、じゃあ各自練習しよう。静人、よろしく」
「いいよ」
今回も、時間ギリギリまで練習した。そうなると、ラッシュに巻き込まれるわけだが……。
「千歳、はぐれんなよ」
「うん……」
また、電車の中で陽希の腰につかまっていた。練習の時の頭わしゃわしゃといい、陽希は他人と身体を触れ合わせることに抵抗がないのだろうか。
――あれ? 小学生の時は、どうだっけ。
記憶を手繰り寄せた。確か、音楽会が終わった後だ。緊張の解けた僕が舞台裏でホッとしていると、陽希が抱きついてきたのだ。あの時は、こわくてされるがままになっていたっけ。
――うん。そういう奴だったな、陽希は。
今度同じことをされたら、思いっきり噛みつくか何かして反抗してやろうと心に決めた。
「……わからん。大我、ヘルプ」
陽希はしょっちゅう大我を頼っていた。大我は呼ばれると、いそいそと陽希の開いている問題集を覗き込むのだった。人に教えるのが好き、というのは本当のことらしい。
僕はというと、理数系の科目に四苦八苦していた。数字にはどうも弱い。文章はすんなり読めるし暗記も得意なので、そこでなんとかカバーしてミナコーに受かったようなものだ。
テスト前日になり、いよいよ全員が煮詰まりきった時、陽希が叫んだ。
「あー! もう無理限界! おやつ食べよう! おやつ!」
糖分を摂るのは僕も賛成だったので、四人で購買に行った。冷蔵の棚にはプリンがあり、僕はそれに決めた。
戻ってきて、おやつタイム。スナック菓子を抱えた陽希が僕のプリンをじっと見つめてきた。
「……なぁ千歳。俺の一個やるからプリン一口」
「ええ? 間接キスじゃないか」
「あっ、そういうの気にする?」
「する。食べたいんなら自分で買ってくればいいでしょ」
そんなやり取りを見ていた大我が言った。
「二人って仲良いねぇ。小学校の時から一緒なんだっけ?」
僕は訂正した。
「小学校の時は一緒だったけど、中学は違った。高校で再会したからびっくりしたよ。それにそんなに仲良くない」
「えー! 俺は親友だと思ってたんだけど?」
「勝手に親友にしないで」
静人がプッと吹き出した。
「そういう軽口が叩けるのって、十分仲が良いって言えると思うけど?」
僕はつい、静人をにらみつけてしまった。話題をそらしたい。僕は静人に聞いてみることにした。
「静人と大我は中学からの知り合い?」
静人が答えた。
「うん。大我が楽器やってみたいって言うから、家に呼んで色々触らせたんだよ」
大我が言葉を継いだ。
「そこで一番気に入ったのがベースでさぁ。曲の土台になる、っていうのがカッコいいと思って。もちろん誰かと合わせるのが楽しいけど、一人で黙々と練習するのもいいんだよね」
「へぇ……」
正直に言うと、ベースって地味な楽器だな、とあなどっていたので、大我の姿勢には感心した。
陽希が言った。
「俺も練習は毎日してるよ! 大西先生に基礎教わってさ。メトロノームに合わせて叩くやつしてる!」
それからは、楽器談義が始まってしまった。メーカーの名前なのか何なのか、よく分からない単語が飛び、すっかりついて行けなくなってしまった。僕はプリンのカップをゴミ箱に捨て、咳払いをして話を止めさせた。
「そろそろ勉強しよう。明日だよ」
高校初めてのテストは……まずまず、といった出来だった。三十点以下を取ると補習と再テストがあるらしいが、それはまぬがれた形だ。
テスト最終日の翌日が金曜日だったので、僕たちは音楽室に集まった。陽希が言った。
「ボロボロでもいいから、サクラナミキ合わせてみない? 難しいフィルインは飛ばしてリズムだけ刻むから」
僕は言った。
「うん、いいよ。僕も歌詞覚えてないから見ながらね……」
陽希がスティックを鳴らす。タン、タン、タンタンタン。穏やかなギターの音色が始まった。僕はくれぐれも出だしでつまづかないよう耳を澄ませた。
素人の僕だが、ドラムに明らかにミスがあるのはわかった。それでも僕は歌い上げる。あの日、カラオケ音源を再生して歌った時とは違う。生の音。肌がひりつくような臨場感。
――バンドで歌うって、こんなにも気持ちいいんだ。
歌いきった瞬間、僕は叫び出したいような気分に駆られたが、先に陽希にやられた。
「あー! いいっ! やっぱり千歳の歌は最高!」
陽希は立ち上がり、僕に寄ってきて、頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
「ちょっと! やめろってそういうの!」
「だって千歳が可愛いんだもん! あっごめん、可愛いって言っちゃダメだっけ……」
「そうだよ! 次はないからね!」
俺は陽希を引き剥がし、静人の側に行った。
「はい、じゃあ各自練習しよう。静人、よろしく」
「いいよ」
今回も、時間ギリギリまで練習した。そうなると、ラッシュに巻き込まれるわけだが……。
「千歳、はぐれんなよ」
「うん……」
また、電車の中で陽希の腰につかまっていた。練習の時の頭わしゃわしゃといい、陽希は他人と身体を触れ合わせることに抵抗がないのだろうか。
――あれ? 小学生の時は、どうだっけ。
記憶を手繰り寄せた。確か、音楽会が終わった後だ。緊張の解けた僕が舞台裏でホッとしていると、陽希が抱きついてきたのだ。あの時は、こわくてされるがままになっていたっけ。
――うん。そういう奴だったな、陽希は。
今度同じことをされたら、思いっきり噛みつくか何かして反抗してやろうと心に決めた。