何かの部活に所属したということは結果的には良かったのかもしれない。僕は「軽音部」の「植木千歳」というラベルを貼ることができた。
陽希は僕の見た目をとやかく言うこともないし、あの脅しは成功したのだろう。
部室は見事にたまり場になり、放課後になると特に理由もなく集まった。四脚のパイプ椅子はなんとなくで指定席が決まり、僕は扉に近い側だ。
その日は静人がギターを、大我がベースを持ってきて、僕は楽器の実物を初めて見た。
「へぇ……近くで見ると、ギターとベースって全然違うんだね」
大我が言った。
「そりゃそうだよ。基本的にはギターは六弦、ベースは四弦な。ギターはメロディだけどベースはリズムって感じ」
「う、うん。なるほど」
陽希は棒を取り出して叫んだ。
「俺はスティック買った! 早く実物叩きたいなぁ!」
静人が陽希に尋ねた。
「そのことで気になってたんだけど。音楽室、いつ使えるの?」
「あー、大西先生が交渉してくれてるんだけどさ。吹奏楽部と合唱部が今は占領してるらしくて。そこに食い込めるとしても週一日じゃないかって」
軽音部を結成してからもうすぐで一ヶ月。掃除か雑談ばかりでそれらしいことは何もしていない状態だ。僕は陽希が言っていたことを思い出した。
「あのさ……文化祭、出るんだよね?」
すると、三人がくるりと僕の方を向いた。陽希が口を開いた。
「そうだった! やっぱり目標は決めなきゃなぁ。文化祭は十一月。それまでに何曲かできるようになる!」
大我がトントンと机を指で叩いた。
「コピーするなら……やっぱりグレキャ? 千歳のサクラナミキ、良かったし……」
今やグレーキャットは国内のみならず海外でも活躍しているバンドだ。アニメの主題歌やCMソングにもなっているし、知名度なら文句ないだろう。
僕は言った。
「うん、グレキャがいいな。あとはどの曲をするか決めなきゃいけないって感じ?」
僕たちはグレーキャットの曲を流し始めた。「サクラナミキ」は比較的しっとりした曲だが、激しい「遠雷」やポップな「フォーマルハウト」というものもある。幅が広いのだ。
次々と曲を聴いていると、コンコンと扉がノックされた。入口に一番近い僕が開けた。大西先生だった。
「音楽室の権利、勝ち取ったー! といっても金曜日だけね。で、君たち何してたわけ?」
僕は言った。
「その、文化祭でどの曲やろうかなって相談してて。グレキャまでは決まってるんですけど」
「おっ、いいねぇ。わたしも参加させてよ」
僕は席を大西先生に譲って立った。大西先生は言った。
「グレキャはリズム隊はシンプルだけど、ボーカルはかなり難しいしギターもかなりのテクニック要求されるよ? 大丈夫?」
陽希が言い放った。
「千歳の歌なら問題ないっす! 静人も小学生からギターやってるんだろ? だからいけるいける!」
「へぇ、自信満々だねぇ」
静人がぼそっと言った。
「……一番心配なのは陽希。初心者が七ヶ月でドラムできるかどうか」
「うっ」
陽希はポリポリと頭をかいた。大西先生は笑った。
「まあ、挑戦するだけしてみようか。そうだ、正式な部なので部費が出まーす! バンドスコアとか買ってきてもいいよ。レシートちょうだい。わたしが精算するから」
それならば、ということで、僕たち四人は楽器屋に行った。僕はもちろん初めてだ。ずらりと並んだギターやベース、本物のドラムセット、何に使うのかよくわからない機材に囲まれて、まるで外国に来たようだった。
「わぁっ……何これ?」
僕は一番近くにいた大我に質問した。
「それはエフェクター。ギターとかの音色を変えることができるんだ。アンプとの間に繋ぐやつだね」
「アンプ?」
「音を増幅させるもの。これがないとスピーカーから大きな音が出ない」
「何かごめんね、色々聞いて」
「いいって。オレ、人に教えるの好きだし」
無事にグレーキャットのバンドスコアを手に入れ、解散した。
帰宅すると、久しぶりに見るパンプスが玄関にあった。
「姉ちゃん、帰ってたんだ!」
リビングに入ると、ソファでコーヒーを飲んでいる姉が見えた。
「千歳、おかえり。ゴールデンウィーク中はこっちにいようと思って」
「そっかぁ」
姉は九歳年上だ。就職して家を出ていた。歳が離れているせいか、しょうもないケンカはしたことがなく、姉は今でも僕に甘い。僕は冷蔵庫からジュースを持ってきて姉の隣に座った。
「姉ちゃん、仕事順調?」
「まあまあね。千歳は高校楽しい?」
「あっ、うん……軽音部に入ったんだ」
「軽音部ぅ?」
僕はいきさつを話した。
「ふぅん……音楽会でソロやるの恥ずかしいってぐすぐす泣いてた千歳がねぇ……」
「それは小学生の時の話でしょ。今ならできるよ。その……多分」
「まあ、打ち込めるものがあってよかったね。高校生活はあっという間だよ? 楽しみなさいね!」
それから、連休中は家族でゆっくりと過ごした。
陽希は僕の見た目をとやかく言うこともないし、あの脅しは成功したのだろう。
部室は見事にたまり場になり、放課後になると特に理由もなく集まった。四脚のパイプ椅子はなんとなくで指定席が決まり、僕は扉に近い側だ。
その日は静人がギターを、大我がベースを持ってきて、僕は楽器の実物を初めて見た。
「へぇ……近くで見ると、ギターとベースって全然違うんだね」
大我が言った。
「そりゃそうだよ。基本的にはギターは六弦、ベースは四弦な。ギターはメロディだけどベースはリズムって感じ」
「う、うん。なるほど」
陽希は棒を取り出して叫んだ。
「俺はスティック買った! 早く実物叩きたいなぁ!」
静人が陽希に尋ねた。
「そのことで気になってたんだけど。音楽室、いつ使えるの?」
「あー、大西先生が交渉してくれてるんだけどさ。吹奏楽部と合唱部が今は占領してるらしくて。そこに食い込めるとしても週一日じゃないかって」
軽音部を結成してからもうすぐで一ヶ月。掃除か雑談ばかりでそれらしいことは何もしていない状態だ。僕は陽希が言っていたことを思い出した。
「あのさ……文化祭、出るんだよね?」
すると、三人がくるりと僕の方を向いた。陽希が口を開いた。
「そうだった! やっぱり目標は決めなきゃなぁ。文化祭は十一月。それまでに何曲かできるようになる!」
大我がトントンと机を指で叩いた。
「コピーするなら……やっぱりグレキャ? 千歳のサクラナミキ、良かったし……」
今やグレーキャットは国内のみならず海外でも活躍しているバンドだ。アニメの主題歌やCMソングにもなっているし、知名度なら文句ないだろう。
僕は言った。
「うん、グレキャがいいな。あとはどの曲をするか決めなきゃいけないって感じ?」
僕たちはグレーキャットの曲を流し始めた。「サクラナミキ」は比較的しっとりした曲だが、激しい「遠雷」やポップな「フォーマルハウト」というものもある。幅が広いのだ。
次々と曲を聴いていると、コンコンと扉がノックされた。入口に一番近い僕が開けた。大西先生だった。
「音楽室の権利、勝ち取ったー! といっても金曜日だけね。で、君たち何してたわけ?」
僕は言った。
「その、文化祭でどの曲やろうかなって相談してて。グレキャまでは決まってるんですけど」
「おっ、いいねぇ。わたしも参加させてよ」
僕は席を大西先生に譲って立った。大西先生は言った。
「グレキャはリズム隊はシンプルだけど、ボーカルはかなり難しいしギターもかなりのテクニック要求されるよ? 大丈夫?」
陽希が言い放った。
「千歳の歌なら問題ないっす! 静人も小学生からギターやってるんだろ? だからいけるいける!」
「へぇ、自信満々だねぇ」
静人がぼそっと言った。
「……一番心配なのは陽希。初心者が七ヶ月でドラムできるかどうか」
「うっ」
陽希はポリポリと頭をかいた。大西先生は笑った。
「まあ、挑戦するだけしてみようか。そうだ、正式な部なので部費が出まーす! バンドスコアとか買ってきてもいいよ。レシートちょうだい。わたしが精算するから」
それならば、ということで、僕たち四人は楽器屋に行った。僕はもちろん初めてだ。ずらりと並んだギターやベース、本物のドラムセット、何に使うのかよくわからない機材に囲まれて、まるで外国に来たようだった。
「わぁっ……何これ?」
僕は一番近くにいた大我に質問した。
「それはエフェクター。ギターとかの音色を変えることができるんだ。アンプとの間に繋ぐやつだね」
「アンプ?」
「音を増幅させるもの。これがないとスピーカーから大きな音が出ない」
「何かごめんね、色々聞いて」
「いいって。オレ、人に教えるの好きだし」
無事にグレーキャットのバンドスコアを手に入れ、解散した。
帰宅すると、久しぶりに見るパンプスが玄関にあった。
「姉ちゃん、帰ってたんだ!」
リビングに入ると、ソファでコーヒーを飲んでいる姉が見えた。
「千歳、おかえり。ゴールデンウィーク中はこっちにいようと思って」
「そっかぁ」
姉は九歳年上だ。就職して家を出ていた。歳が離れているせいか、しょうもないケンカはしたことがなく、姉は今でも僕に甘い。僕は冷蔵庫からジュースを持ってきて姉の隣に座った。
「姉ちゃん、仕事順調?」
「まあまあね。千歳は高校楽しい?」
「あっ、うん……軽音部に入ったんだ」
「軽音部ぅ?」
僕はいきさつを話した。
「ふぅん……音楽会でソロやるの恥ずかしいってぐすぐす泣いてた千歳がねぇ……」
「それは小学生の時の話でしょ。今ならできるよ。その……多分」
「まあ、打ち込めるものがあってよかったね。高校生活はあっという間だよ? 楽しみなさいね!」
それから、連休中は家族でゆっくりと過ごした。