テストが終わり、久しぶりの音楽室での練習。大西先生が最初からいてくれて、観客役をつとめてくれた。本番さながらの流れで、МCも入れて三曲こなすと、大西先生は大きな拍手をくれた。

「いいね、カッコいいね! 音バシッと決まってる! 君たち相当練習したでしょ?」

 そう褒めてくれたのだが、やはりドラム経験者の大西先生としては陽希に気になるところがあったらしく、楽譜を見ながらあれこれ陽希にさせていた。大西先生は言っていた。

「房南くんは部長でもあるんだし、小手先のことより全体の流れを気にしてね。メンバーのリズムも気持ちも支えるのがドラムの仕事。わかってるよね?」
「はい!」

 大西先生が立ち去ってから、また練習。楽器のことはよくわからない僕だが、確かに夏休みの時と比べて音が合っているように感じた。プロの演奏とまではいかないかもしれないけれど、人前で披露するには十分ではないだろうか。
 問題は、僕の歌だ。歌詞は完璧。音もテンポも外していない。けれど、何か……何かが足りない。終わってから、誰かに意見を求めようかとも思ったが、これは僕自身が一人で考えて答えを出すべきことだと思ってやめておいた。
 そして、久しぶりに陽希と二人きりで帰ることになった。近頃はすっかり冷え込んで、冬の足音が聞こえてきていた。街はハロウィン一色であり、店先にカボチャの置物があるのが目についた。
 電車は相変わらずのラッシュだ。何も言わずとも、身体を支えにすることを陽希は許してくれていて、それにはホッとした。電車を降りてすぐ、僕は言った。

「ねえ陽希、公園寄りたい……」
「いいよ。あったかい飲み物飲もう」

 僕はホットレモン、陽希はホットコーヒーを買ってベンチに座った。

「ごめんな千歳。最近こうして話せてなかったよな。歌……どうだ? まだどこか、不安があるように感じたんだけど」
「えっ、あっ……バレてたか」

 親友に隠し事はしたくない。僕は白状した。

「陽希が、実行委員の仕事してることがさ……モヤモヤして……それでテストも上手くいかなくて……歌にも出てるんだと思う……」
「ああ……そっか。そうだったんだ。つまりは寂しかったの?」
「うっ……」

 認めたくはないが、つまりはそういうことだったらしい。

「もう、可愛いなぁ千歳は。いけね、撤回。えーと。健気」
「まあ何でもいいんだけどさ。僕は、陽希との距離を感じてたよ」
「マジか。俺はそんなことなかったんだけど……やっぱり過ごす時間減って、不安にさせちゃったかぁ」

 コホン、と咳払いをした後、陽希は言った。

「実はさ。実行委員の仕事はほぼ終わってて。もっとドラム叩きたくて、スタジオに通ってたんだ。隠れてやってて悪かった。なんか、言うのもカッコ悪くてさ……」
「隠されてた方が傷ついた」
「うわぁ……そうか……またやっちゃったかぁ……」

 陽希はガシガシと自分の前髪をかいた。僕は言った。

「陽希は実行委員の人たちといる方が楽しいんだと思ってた」
「まあ、楽しいけど。優先順位は軽音部の方が断然上だぞ? だからスタジオに行ってたわけだし」
「僕は……僕は、その……ごめん、言葉にならないよ」

 ポンポン、と陽希が僕の頭を撫でてきた。

「むぅ……僕は犬でも猫でもないんだけど……」
「わかってるって。俺のパワー分けてあげたの」
「受け取れた気がしない」
「もっとするか!」
「もう!」

 そうやってじゃれ合っているうちに、僕たちは顔を見合わせて笑ってしまった。

「なあ千歳、次の週末、二人でどっか行かない? 埋め合わせ」
「いいよ。どこ行く?」
「そうだなぁ……映画は? ちょうど良さそうなやつ見つけたんだ」

 陽希はスマホを取り出して映画の公式サイトを開いた。

「ほら、これ。サスペンスなんだけどさ。主題歌がグレキャなんだよ」
「えっ、知らなかった。どんなの?」

 公式サイトにあったPVを陽希が再生した。グレーキャットの曲をバックにした予告編だ。失踪した恋人を捜すうちに、陰謀に巻き込まれていく青年の話らしい。

「僕、あんまり映画とか観ないけど……面白そうだね」
「だろ? 行こう行こう!」

 僕という人間は単純にできているらしい。陽希が部室に顔を出さなかった理由がわかって、埋め合わせまでしてくれることになって、一気に胸のつかえがおりた。映画の上映時間を確認して、次の土曜日の朝九時に集合することにした。

 ――それにしても、二人きりで映画に行くなんて、なんだかデートみたいだな。

 陽希と別れた後、僕の歩調は軽やかだった。