二学期の授業が始まってから一週間が経った。放課後、陽希は文化部の部長ということで、生徒会の集まりに呼ばれた。文化祭の打ち合わせだ。僕は部室で、大我と一緒にМCのことを考えていた。静人は一人、ギターを練習。僕はスマホのメモアプリを見ながら言った。

「大我、観客に向かってお前ら、って言うのはどうかと思うんだけど」
「えっ? ダメか?」

 静人がギターに目を落としたまま言った。

「千歳のキャラに合わない……白けそう……ボクも却下」

 そんなわけで、ですます調のごく丁寧なものにした。僕はグレーキャットの一号ではない。ミナコーの植木千歳。同じ曲をするけれど、僕らしさをしっかりと出したい。
 おおよその文言が出来上がったところで、陽希が部室に入ってきた。

「ただいま! ステージ出演申請、正式に済ませてきた。順番はこれから調整するってさ。でさぁ……」

 陽希はいつもの椅子に座り、言葉を続けた。

「俺、文化祭実行委員に入った! 生徒会長から頼まれたんだ。でも、バンドの練習優先だし、みんなには迷惑かけないから!」

 大我が尋ねた。

「ふぅん……実行委員って何やるの?」
「俺が頼まれたのはプログラム作り。文化祭の冊子みたいなやつがあるんだよ。まあ、去年のやつを参考にすればいいから、そんなに手間はかからないと思う」

 その時は、話半分にしか聞いてなかった。しかし、翌日からだ。

「陽希、お弁当食べよう」
「あっ、言い忘れてた。俺さ、実行委員で昼休みは生徒会室行くんだよ。悪いけど他の奴と食ってくれ。じゃ!」

 僕は唖然としてしまった。確かに、声をかけることができそうな生徒は教室に何人か残っていた。でも、陽希がいない状態で一緒に食事をとるのはキツい。何を話せばいいのかわからない。そして、教室で一人で食べていたら、誰かに誘われるかもしれない。

 ――部室に逃げよう。

 僕はお弁当と水筒を持って、教室を出た。

「はぁ……」

 いつもは四人で騒がしい部室に、僕一人。ギターとベース、あとはよくわからない機材も置いてあって、ゴチャゴチャはしているのだが、ひどく広く思えた。
 まさか、いきなり突き放されるだなんて思ってもみなかった。陽希は僕と居てくれるのが当然で、揺るぎないものだと決めつけていた。
 実行委員の仕事というのは文化祭まで続くのだろうか。それまで僕一人。どうにか、耐え忍ばねばならない。
 そして、放課後は一緒に部室に行けるのかと思いきや、こう言われてしまった。

「今日の会議でさぁ、広報もやってくれって言われちゃった。どうせ金曜日しか音楽室使えないし、それ以外の日は生徒会室で仕事する」
「うん……わかった……」

 放課後は静人と大我がいるのが救いだ。といっても、二人ともそれぞれの楽器に集中していて、無駄話はほとんどしないが。
 九月はあっという間に過ぎ、十月の中間テストの期間になった。陽希は部室に来なかったので、三人だけで勉強した。
 大我がのんびりした声で言った。

「なんか……陽希がいないと、この部屋静かだよな」

 静人が返した。

「うん。あいつ、勉強大丈夫なのかな。今まで大我に頼りっきりだったのに」
「教えるのも勉強になるから楽しかったんだけどね。やっぱり四人揃わないと変な感じ」

 僕は二人に言った。

「陽希の話は別にいいじゃない。放っとこう。勉強しようよ」

 自分でも驚くくらい、冷たい声が出てしまった。大我が言った。

「千歳……陽希のこと、怒ってるの?」
「怒ってはいないけど……さすがに実行委員の仕事ばっかりだと……」

 僕は見ていた。陽希が僕の知らない上級生たちと楽しそうに歩いているのを。笑顔を振りまいているのを。実行委員という新しいコミュニティはさぞかし心地が良いのだろう。
 静人が言った。

「まあ、ドラムの練習はきちんとしてるみたいだし、いいんじゃない? この前合わせた時も安定してたよ」
「うん……そうだね……」

 確かに静人の言う通りだ。演奏に支障が出ていないのなら、他の活動をしていることに、文句をつけることはできない。陽希が色々な仕事を任されるのは、それだけあいつが「できる」奴だということだ。他人に求められているということだ。そこは、親友として応援してやるべきところじゃないのか。
 そう自分に言い聞かせて、勉強に集中したはずだったが……テスト結果は散々だった。特に数学が危なくて、もう少しで補習と再テストになるくらいの点数だった。自分の席で、成績表を見ながらぼんやりしていると、陽希が寄ってきた。

「よっ、テストどうだった?」
「全然ダメ……危なかった。陽希は?」
「まっ、こんなもん?」

 陽希がぴらりと自分の成績表を見せてきた。文系科目はそこそこといったところだったが、数学は上位に入っていた。

「凄いじゃない。いつ勉強してたの?」
「朝起きてやってた。成績下がったらドラム禁止、って親に言われてたからさぁ、もう必死だったよ」
「そっか……」

 ――陽希が、どんどん遠いところに行ってしまった。

 そんな気がした。