夏休みの宿題はさっさと終わらせたい。軽音部の練習がない日は、自宅で机に向かうことにした。
 将来の夢はまだ決めていない。とにかく、少しでもいい大学に入る。それだけ考えていた。

 ――そういえば、陽希はどうするんだろう、大学。

 テストの結果を見せ合ったが、僕は文系、陽希は理系と得意科目は分かれたものの、総合すると同じくらいの点数だった。

 ――同じ大学行けたらいいなぁ、なんて。

 大学にはサークルがあるはずだ。もちろん軽音サークルも。もし、陽希と一緒に音楽を続けることができたなら。僕は勝手に夢を膨らませていた。
 夏休み中、お弁当はなく、多めに小遣いを渡されており、自分で調達しろと両親に言われていた。コンビニで済ませればいいのだが、ちょっとでも節約して、浮いた分を温存しておきたい。僕はスーパーに行くことにした。
 スーパーへは歩いて十分ほどだ。大した道のりではないが、じんわりと汗をかいた。僕は五食パックの袋麺と卵、刻みネギを買った。
 帰宅して、麺を茹で、卵を落とした。フタをして少し待つ。最後に刻みネギをかけて出来上がり。これが僕のできる精一杯の自炊。一食あたり……何円だろう。ラーメン屋に行くよりはかなり安いはず。
 僕がこんな風にケチり始めたのは、ツキネロックフェスがあるからだ。チケット代はけっこう高くて、両親に渋い顔をされた。誕生日プレゼントの代わりだから、ということで納得してもらったのだ。

 ――Tシャツ買いたいんだよなぁ。

 僕はスマホでフェスの公式サイトを開いた。ずらりと並んだTシャツの画像。どれも四千円だ。アーティストのロゴがずらりと並んだデザインがあって、これが欲しくなってしまった。
 そして、あまりよく知らないアーティストの予習を始めた。動画サイトを開けばライブ映像やミュージックビデオが沢山出てくる。そんなことをしていると、陽希からメッセージがきた。

「宿題疲れた! 息抜きに公園で話さない?」

 僕はすぐに返信して、スマホと鍵と小銭入れだけを持って外へ出た。

「よっ、千歳! 勉強してた?」
「してたけど……途中からフェスの予習してた」
「ははっ、俺も! 集中続かないよなぁ」

 自販機でジュースを買い、ベンチに腰掛けた。陽希はノートを持ってきていた。

「陽希、何それ?」
「ほら、迷路描いてた自由帳! 見つかったんだよ」

 陽希が自由帳を手に持ち、僕はページをめくっていった。黒の鉛筆でみっちりと描き込まれたそれは、いかにも子供らしいたどたどしいものだった。僕は一つの迷路に挑戦してみた。

「……あれ? これ、どうやってもゴールに辿りつかなくない?」
「そうだよ。俺たちの描いてた迷路って攻略不可能迷路」
「うわぁ、ガキだ!」

 こうして記録は残っているというのに、当時の記憶は出てこない。もっと陽希に尋ねたくなった。

「ねえ、陽希とは学童保育が一緒で……クラスはどうだったっけ?」
「一年生と五年生と六年生が一緒だった。俺、五年生の時すげぇ嬉しくてさ。キャンプも同じ班だったろ?」
「あー!」

 月嶺山のキャンプ。山登りやカレー作りをしたのだ。それが糸口になって、ようやく思い出せたことがあった。しかし、それは……けっこう恥ずかしい記憶だった。

「僕、さ……朝起きたら陽希の布団で一緒に寝てたよね……」
「そうだぞ? 思い出したか。千歳の寝相凄かったもんなぁ。今は?」
「だ、大丈夫だし!」

 最近も、目覚めると枕やブランケットがベッドの下に落ちていることは秘密にしておこう。

「あの時さ。しばらく千歳のこと起こさずじーっと見てたんだ。その、寝顔が、その……」
「はいはい、可愛かったんでしょう。はぁ……なんで僕ってこんなに女顔なのかな? 陽希が羨ましいよ。カッコよくて」
「えっ、俺カッコいい?」
「うん。整ってるじゃないか」
「ヤバっ……えへ……えへへ……」

 せっかく褒めたツラが、だらしなく崩れはじめて台無しになった。まあ、表情が豊かなのが陽希のいいところではあるし、それだからこそ人が集まるのだと思うが。

「でさ、陽希。大学のこと考えてる?」
「んー、全然。どこかには行きたいけど」
「僕さ、陽希と同じとこ行けたら楽しいだろうな、とか考えてた」
「え? ヤバい、ヤバい」
「陽希、さっきからヤバいしか言ってないね……」

 そういえば、入学式で再会した時も「ヤバい」を連呼していたような気がした。

「千歳と同じ大学入ったらさ、アレしたい。宅飲み」
「まあ、別の大学でもできそうな気はするけど。お酒ねぇ……僕飲めるかな」
「俺は親がどっちも強いからいけると思うんだよな」
「僕はダメかも。母さん全然飲めない人だから」

 もっと話していたかったが、明日は練習があるので会える。僕は立ち上がった。

「さっ、そろそろ息抜き終わりにしようか。宿題片付けてスッキリした気持ちでフェス行きたいし」
「そうだな。またこうやって誘っていいか?」
「もちろん」

 陽希が右手をかざしてきたので、僕はハイタッチした。