七月の期末テストが近付いてきた。中間よりもいい点を取りたい。そう思って毎日の授業に必死についていったのだが……その日は朝目覚めると頭痛がした。首に手をあてると熱い。まさか。
「三十八度……」
体温計ではかるとバッチリ熱があった。ひとまず母に言って鎮痛剤を飲ませてもらい、今日は高校を休むことにしたのだが、まずいことに気付いた。英語のテスト範囲が発表される日だ。
――こんな時、頼れるのがあいつしかいないっていうのは悔しいけど、頼るしかない。
僕は陽希に、熱があって休むこと、テスト範囲を教えてほしいというメッセージを送った。すぐに了解と返ってきた。
平日の日中。こんな風に一人きりでベッドの中にいると、思い出すのは中学時代のことだ。田舎のクラスメイトとは上手く話せなくて。音楽だけが僕の側にいて。
僕はグレーキャットのライブ映像を探して再生した。観客に手拍子を求めるボーカルの一号。多分、上手く歌おうとか、間違えずに歌おうとか、そんなことは絶対に考えていない。ただ、この場を楽しんでいるように見えた。
九時になり、内科が開いたので一人で向かった。色々と検査もしてもらったが、まずい感染症ではないらしく、ただの夏風邪のようだった。鎮痛剤が効いたのか、頭痛も収まっており、僕は帰宅するとベッドに仰向けになって天井を見つめた。
――今、陽希、どうしてるかな。
こんな時、真っ先に思い浮かんだのがあいつの顔。入学からもうすぐで三ヶ月、僕は「軽音部の植木千歳」としてそれなりに認知をされてきていたし、他愛ない世間話ができる程度には周りにはついていけていた。でも、一番長く行動を共にしているのは陽希だ。
時折気持ち悪い発言はあるものの、陽希は小学生の頃とは変わった。それは、いい方に。明るく人当たりのいい性格はそのままに、僕を傷つけるようなことは無くなった。あいつなりにきちんと考えてくれているのだろう。
昼は弁当を食べて、またグレーキャットのライブ映像を観て過ごした。両親には、ツキネロックフェスに行く許可をもらい、チケットも確保した。このライブを肌で感じることができるなんて夢みたいだ。陽希の強引さには辟易しているけれど、こうしてきっかけを与えてくれるのには感謝している。
「あっ……」
メッセージの通知がきた。陽希からだった。きっとテスト範囲の画像でも送ってくれたのだろうと思ったのだが、違った。
「千歳の分のノートも取っといた。他に渡したいものもあるし、家行っていい?」
僕は慌てて部屋を見回した。正直、片付けは……得意ではない。洗濯物ができると仕分けをされてカゴに置かれるのだが、その中身はこんもりと積み上がっているし、本やノートや筆記用具で机の上はしっちゃかめっちゃかだ。家に来てもいいが、この部屋には入れたくない。
リビングは、母がいつも掃除してくれているので綺麗だ。僕はそこに通すことにして、家に来てもいいと送った。
「大丈夫か、千歳」
「うん、まあ……ただの夏風邪。熱も下がったみたいだし、大丈夫。入りなよ」
僕はリビングのソファへ案内した。陽希はビニール袋を提げており、その中身を僕に渡してきた。
「はい、これ」
「渡したいものって……アイス?」
「そう! これなら食べられるかなぁって思って」
それは、ソーダ味で、僕が大好きなやつだった。陽希の分もあり、二人で並んで食べた。
「で、こっちがノートな。ルーズリーフにしててよかった。このまま渡すから」
「わざわざごめんね」
「謝んなって。そういう時はありがとう、でいいんだよ」
「……ありがとう、陽希」
陽希はテレビの横にあるフォトフレームを指さした。
「なあ、あれ千歳?」
「ああ……そうだよ。僕のお宮参りの時みたいだね」
若々しい父。幼い姉。ふんわり笑う母と、その腕に抱かれてきょとんとしている赤子の僕。
「すっげぇ可愛い。あ、今の可愛いは、赤ちゃんだから可愛い、の可愛いだからな。だからノーカン」
「わかってるって」
「あの女の子がお姉さん?」
「そうだよ。九歳だね」
「いいなぁ。俺、一人っ子だからさ。きょうだい欲しかった」
姉は僕の誕生日、八月二十日頃には帰ってきてくれるだろう。毎年、花をくれるのだが、それが楽しみだ。
陽希が言った。
「あまり長居するとダメだよな。これ食ったら帰るわ。明日も休むんなら、ちゃんとノートとっとくから」
「その時はまた連絡する。ごめ……ありがとう、陽希」
陽希を見送って、ルーズリーフを見た。お世辞にも、陽希の字は上手いとはいえない。カクカクしていて癖が強い。それでも、丁寧に書いてくれているであろう痕跡は見て取れた。
翌日は、熱もなく身体の不調もなかったので登校した。中間の時と同じく、部室で勉強をして。たまにおやつタイムを取って。
今回の成績は、まあ前よりはマシか、くらいのものだったが、担任との面談ではそこそこの私大に行けるのではないかと言われ、ホッとした。
そして、季節はすっかり夏になっていた。
「三十八度……」
体温計ではかるとバッチリ熱があった。ひとまず母に言って鎮痛剤を飲ませてもらい、今日は高校を休むことにしたのだが、まずいことに気付いた。英語のテスト範囲が発表される日だ。
――こんな時、頼れるのがあいつしかいないっていうのは悔しいけど、頼るしかない。
僕は陽希に、熱があって休むこと、テスト範囲を教えてほしいというメッセージを送った。すぐに了解と返ってきた。
平日の日中。こんな風に一人きりでベッドの中にいると、思い出すのは中学時代のことだ。田舎のクラスメイトとは上手く話せなくて。音楽だけが僕の側にいて。
僕はグレーキャットのライブ映像を探して再生した。観客に手拍子を求めるボーカルの一号。多分、上手く歌おうとか、間違えずに歌おうとか、そんなことは絶対に考えていない。ただ、この場を楽しんでいるように見えた。
九時になり、内科が開いたので一人で向かった。色々と検査もしてもらったが、まずい感染症ではないらしく、ただの夏風邪のようだった。鎮痛剤が効いたのか、頭痛も収まっており、僕は帰宅するとベッドに仰向けになって天井を見つめた。
――今、陽希、どうしてるかな。
こんな時、真っ先に思い浮かんだのがあいつの顔。入学からもうすぐで三ヶ月、僕は「軽音部の植木千歳」としてそれなりに認知をされてきていたし、他愛ない世間話ができる程度には周りにはついていけていた。でも、一番長く行動を共にしているのは陽希だ。
時折気持ち悪い発言はあるものの、陽希は小学生の頃とは変わった。それは、いい方に。明るく人当たりのいい性格はそのままに、僕を傷つけるようなことは無くなった。あいつなりにきちんと考えてくれているのだろう。
昼は弁当を食べて、またグレーキャットのライブ映像を観て過ごした。両親には、ツキネロックフェスに行く許可をもらい、チケットも確保した。このライブを肌で感じることができるなんて夢みたいだ。陽希の強引さには辟易しているけれど、こうしてきっかけを与えてくれるのには感謝している。
「あっ……」
メッセージの通知がきた。陽希からだった。きっとテスト範囲の画像でも送ってくれたのだろうと思ったのだが、違った。
「千歳の分のノートも取っといた。他に渡したいものもあるし、家行っていい?」
僕は慌てて部屋を見回した。正直、片付けは……得意ではない。洗濯物ができると仕分けをされてカゴに置かれるのだが、その中身はこんもりと積み上がっているし、本やノートや筆記用具で机の上はしっちゃかめっちゃかだ。家に来てもいいが、この部屋には入れたくない。
リビングは、母がいつも掃除してくれているので綺麗だ。僕はそこに通すことにして、家に来てもいいと送った。
「大丈夫か、千歳」
「うん、まあ……ただの夏風邪。熱も下がったみたいだし、大丈夫。入りなよ」
僕はリビングのソファへ案内した。陽希はビニール袋を提げており、その中身を僕に渡してきた。
「はい、これ」
「渡したいものって……アイス?」
「そう! これなら食べられるかなぁって思って」
それは、ソーダ味で、僕が大好きなやつだった。陽希の分もあり、二人で並んで食べた。
「で、こっちがノートな。ルーズリーフにしててよかった。このまま渡すから」
「わざわざごめんね」
「謝んなって。そういう時はありがとう、でいいんだよ」
「……ありがとう、陽希」
陽希はテレビの横にあるフォトフレームを指さした。
「なあ、あれ千歳?」
「ああ……そうだよ。僕のお宮参りの時みたいだね」
若々しい父。幼い姉。ふんわり笑う母と、その腕に抱かれてきょとんとしている赤子の僕。
「すっげぇ可愛い。あ、今の可愛いは、赤ちゃんだから可愛い、の可愛いだからな。だからノーカン」
「わかってるって」
「あの女の子がお姉さん?」
「そうだよ。九歳だね」
「いいなぁ。俺、一人っ子だからさ。きょうだい欲しかった」
姉は僕の誕生日、八月二十日頃には帰ってきてくれるだろう。毎年、花をくれるのだが、それが楽しみだ。
陽希が言った。
「あまり長居するとダメだよな。これ食ったら帰るわ。明日も休むんなら、ちゃんとノートとっとくから」
「その時はまた連絡する。ごめ……ありがとう、陽希」
陽希を見送って、ルーズリーフを見た。お世辞にも、陽希の字は上手いとはいえない。カクカクしていて癖が強い。それでも、丁寧に書いてくれているであろう痕跡は見て取れた。
翌日は、熱もなく身体の不調もなかったので登校した。中間の時と同じく、部室で勉強をして。たまにおやつタイムを取って。
今回の成績は、まあ前よりはマシか、くらいのものだったが、担任との面談ではそこそこの私大に行けるのではないかと言われ、ホッとした。
そして、季節はすっかり夏になっていた。