体育祭が終わり、六月はもうイベントがない。七月の期末テストまではのんびりとした日々。
梅雨入りし、いつ雨が降るかわからないので、折り畳み傘を持ち歩くようになった。多少のわずらわしさはあるが、雨の日は好きだ。体育の授業が体育館で行われる。その日はバレーボールだった。
「やっぱり上手いんだなぁ……」
僕は壁に背中をつけて座り、陽希がアタックを打つのを眺めていた。軽い身のこなしでジャンプして自在に打ち分ける。勿体ない、と僕は思った。陽希なら、高校のバレー部でも活躍できただろうに。
体育の授業は一組と二組合同だ。二組の静人と大我の姿もあった。彼らも僕と同じく運動は苦手みたいで、得点板の係をしていた。
「よし!」
陽希がラインギリギリのところにアタックを決めた。奴は飛び上がって喜び、コート内でメンバーとハイタッチをしていた。これで一組の勝利。
「千歳ぇ! 見てたかー?」
陽希が僕の方に走ってきた。僕は右手を挙げた。陽希がパシッと叩いてきた。
「うん。見てた。凄かった」
「千歳のために頑張った」
「まーた気持ち悪いこと言う。もうこれ以上褒めないからね?」
いつの間にか、静人と大我も集まってきていた。大我が言った。
「陽希、カッコよかったよ。運動のセンスもあるんだなぁ」
「一応、元バレー部だからな。今はドラムが相棒だけど!」
静人が言った。
「今日の練習、どうする……音楽室使えないって聞いたけど……」
金曜日だったのだが、吹奏楽部がもうすぐコンクールがあるらしく、枠を譲ったのだ。陽希はうーんとうなった後に言った。
「カラオケ行かない? 雨もしのげるし。この四人で行ったことないし。どうよ、千歳」
「いいよ。行こうか」
そうあっさりと返したものの、実はカラオケには行ったことがなかった。親はそういうのは好きではないし、中学生の頃に住んでいたのはコンビニすらない田舎だった。行く機会がなかったのだ。
なので、カラオケの受付が機械だったことに早速驚いてしまった。陽希に操作を任せた。
「二時間パックにしとく! フリードリンクで……フードは後で考えたらいいかぁ」
とりあえず、二時間やる、ということだけわかった。陽希の後をついて入った個室は、クーラーがよく効いていた。ガンガン音が鳴っており、どうやら知らないアイドルの新曲紹介のようだった。
大我がタブレットを手に取って言った。
「大盛りポテト頼もう!」
どうやらフードが注文できるらしい。もう一つのタブレットが曲を入力できるものらしく、僕はそれを触ってみた。
「……採点モード?」
そんな文言が目に入った。隣にいた陽希が言った。
「よし、それでやろう。音程とかの確認もしてくれるし!」
楽器を持ち込んでいない以上、練習といっても僕のためだけの時間である。せっかくお金も払ってこの部屋にいるわけだし、と僕はまず「サクラナミキ」を入れた。
――グラウンドを駆ける君を見た
何度も歌ったこのフレーズ。歌詞はほぼ覚えているから問題はない。画面に棒がいくつも表示されており、それが音の高低や長さを表すようだ。
「……ふぅん。九十点かぁ」
結果の画面を見ながら、静人が解説してくれた。
「見ての通り、音程はほぼバッチリだね。あとは、声の強弱……というより、声量がもっと欲しい。もっと思いっきり歌ってみて、千歳」
「わかった」
山盛りポテトが届いた。大我はそれに夢中だ。陽希もほいほい口に放り込んでいる。僕は静人に言った。
「何か歌う?」
「いや……ボクは遠慮しとく。大我も陽希もあの感じじゃ別にいいだろうね。千歳、どんどん入れなよ」
「そうする」
それから一時間、僕は歌い続けた。熱中している間に、テーブルの上にはパフェやらポップコーンやらが並んでいた。陽希が言った。
「そろそろ休憩すれば? このパフェ美味いぞ。ほら、あーん」
「そういうのはやめてよね。僕食べないから」
しかし、疲れていたのは事実だったので、マイクを置いてウーロン茶を飲んだ。大我が口をもごもごさせながら言った。
「やっぱり千歳は上手いなぁ。あとは自信かなぁ」
「ああ……そこ?」
この四人の中だけなら、歌うことに抵抗はなかった。しかし、文化祭となると、大勢の観客に注目されることになる。
僕は小学校の音楽会のことを思い出した。両親も姉も来ていて、大きく手を振る姉と目が合った。そこで覚悟が決まってソロを歌い上げることができた。
「僕、歌えるかな……人前で……」
陽希がトン、と僕の背中に触れた。
「俺たちが支えるからさ。何もこわくないって。そう思ってもらえるように、演奏も完璧にするから」
「うん……頼むね」
それから、大我がよくわからないアニソンを入れて、調子外れだが大胆に歌い始めた。僕よりよっぽど堂々としていた。あれを見習うべきだろうか。終わった後、僕は大我に尋ねた。
「どうしてそうやって歌えるの?」
「えー? そりゃ、好きだからだよ」
「好きだから、かぁ……」
文化祭まであと五ヶ月。まだまだ僕は力をつけなければならない。
梅雨入りし、いつ雨が降るかわからないので、折り畳み傘を持ち歩くようになった。多少のわずらわしさはあるが、雨の日は好きだ。体育の授業が体育館で行われる。その日はバレーボールだった。
「やっぱり上手いんだなぁ……」
僕は壁に背中をつけて座り、陽希がアタックを打つのを眺めていた。軽い身のこなしでジャンプして自在に打ち分ける。勿体ない、と僕は思った。陽希なら、高校のバレー部でも活躍できただろうに。
体育の授業は一組と二組合同だ。二組の静人と大我の姿もあった。彼らも僕と同じく運動は苦手みたいで、得点板の係をしていた。
「よし!」
陽希がラインギリギリのところにアタックを決めた。奴は飛び上がって喜び、コート内でメンバーとハイタッチをしていた。これで一組の勝利。
「千歳ぇ! 見てたかー?」
陽希が僕の方に走ってきた。僕は右手を挙げた。陽希がパシッと叩いてきた。
「うん。見てた。凄かった」
「千歳のために頑張った」
「まーた気持ち悪いこと言う。もうこれ以上褒めないからね?」
いつの間にか、静人と大我も集まってきていた。大我が言った。
「陽希、カッコよかったよ。運動のセンスもあるんだなぁ」
「一応、元バレー部だからな。今はドラムが相棒だけど!」
静人が言った。
「今日の練習、どうする……音楽室使えないって聞いたけど……」
金曜日だったのだが、吹奏楽部がもうすぐコンクールがあるらしく、枠を譲ったのだ。陽希はうーんとうなった後に言った。
「カラオケ行かない? 雨もしのげるし。この四人で行ったことないし。どうよ、千歳」
「いいよ。行こうか」
そうあっさりと返したものの、実はカラオケには行ったことがなかった。親はそういうのは好きではないし、中学生の頃に住んでいたのはコンビニすらない田舎だった。行く機会がなかったのだ。
なので、カラオケの受付が機械だったことに早速驚いてしまった。陽希に操作を任せた。
「二時間パックにしとく! フリードリンクで……フードは後で考えたらいいかぁ」
とりあえず、二時間やる、ということだけわかった。陽希の後をついて入った個室は、クーラーがよく効いていた。ガンガン音が鳴っており、どうやら知らないアイドルの新曲紹介のようだった。
大我がタブレットを手に取って言った。
「大盛りポテト頼もう!」
どうやらフードが注文できるらしい。もう一つのタブレットが曲を入力できるものらしく、僕はそれを触ってみた。
「……採点モード?」
そんな文言が目に入った。隣にいた陽希が言った。
「よし、それでやろう。音程とかの確認もしてくれるし!」
楽器を持ち込んでいない以上、練習といっても僕のためだけの時間である。せっかくお金も払ってこの部屋にいるわけだし、と僕はまず「サクラナミキ」を入れた。
――グラウンドを駆ける君を見た
何度も歌ったこのフレーズ。歌詞はほぼ覚えているから問題はない。画面に棒がいくつも表示されており、それが音の高低や長さを表すようだ。
「……ふぅん。九十点かぁ」
結果の画面を見ながら、静人が解説してくれた。
「見ての通り、音程はほぼバッチリだね。あとは、声の強弱……というより、声量がもっと欲しい。もっと思いっきり歌ってみて、千歳」
「わかった」
山盛りポテトが届いた。大我はそれに夢中だ。陽希もほいほい口に放り込んでいる。僕は静人に言った。
「何か歌う?」
「いや……ボクは遠慮しとく。大我も陽希もあの感じじゃ別にいいだろうね。千歳、どんどん入れなよ」
「そうする」
それから一時間、僕は歌い続けた。熱中している間に、テーブルの上にはパフェやらポップコーンやらが並んでいた。陽希が言った。
「そろそろ休憩すれば? このパフェ美味いぞ。ほら、あーん」
「そういうのはやめてよね。僕食べないから」
しかし、疲れていたのは事実だったので、マイクを置いてウーロン茶を飲んだ。大我が口をもごもごさせながら言った。
「やっぱり千歳は上手いなぁ。あとは自信かなぁ」
「ああ……そこ?」
この四人の中だけなら、歌うことに抵抗はなかった。しかし、文化祭となると、大勢の観客に注目されることになる。
僕は小学校の音楽会のことを思い出した。両親も姉も来ていて、大きく手を振る姉と目が合った。そこで覚悟が決まってソロを歌い上げることができた。
「僕、歌えるかな……人前で……」
陽希がトン、と僕の背中に触れた。
「俺たちが支えるからさ。何もこわくないって。そう思ってもらえるように、演奏も完璧にするから」
「うん……頼むね」
それから、大我がよくわからないアニソンを入れて、調子外れだが大胆に歌い始めた。僕よりよっぽど堂々としていた。あれを見習うべきだろうか。終わった後、僕は大我に尋ねた。
「どうしてそうやって歌えるの?」
「えー? そりゃ、好きだからだよ」
「好きだから、かぁ……」
文化祭まであと五ヶ月。まだまだ僕は力をつけなければならない。