静人と大我と三人で話した翌日。登校すると、陽希が嬉しそうに、画面やボタンがついた携帯ゲーム機のようなものを持ってきた。

「見て見て千歳、メトロノーム!」
「ああ、これがそうなんだ」
「親父も音楽好きでさ。俺がドラム始めたの嬉しそうにしてた。それで、今年から月嶺山(つきねやま)でロックフェスやるの知ってた?」
「……月嶺山で?」

 月嶺山は、湊市の西から北にかけて位置する山だ。湊市の小学生なら、一度はキャンプに訪れる。

「親父が言ってたんだけど、ツキネロックフェスっていうのが始まるらしくて。そこでグレキャが出るんだとよ!」
「へぇ……!」

 陽希は自分のスマホを取り出して見せてくれた。開催するのは八月二十八日。グレーキャットの他にも、僕が知っている国内のロックバンドが出演するようだった。陽希がこう提案した。

「これさ、軽音部の四人で行かない? 夏休みの終わり、いい思い出になると思うんだ」
「うん。僕、音楽のライブって行ったことないし、興味ある!」

 放課後、部室に集まり、静人と大我にもフェスの話をした。大我はノリノリだ。

「一度生でグレキャ観たかったんだよなー! 声量すごいらしいよ?」

 静人はいつも通りクールな感じではあったがこう言っていた。

「ライブの勉強になっていいね。魅せ方とか研究するいい機会だよ」

 僕は詳しい現地への行き方を調べた。当日は臨時でバスが出るらしく、それで会場まで行けるらしい。
 グレーキャットの出番は最後。それを観ると、帰るのが遅くなりそうなので、親を説得しよう。
 ネットで調べていると、セットリストと呼ばれるライブの曲順を予想している人がいた。僕は言った。

「へぇ……最初は遠雷じゃないかってさ。あの曲、インパクトあるもんね」

 僕も「遠雷」は好きだ。アニメの主題歌らしく、それが放映されている時はしょっちゅう耳にした。アニメそのものは観ていないのだが。
 すると、大我が言った。

「オレ、遠雷からグレキャのこと好きになったんだよね。サビのさ、吠えろ、吠えろ! って連呼するのがオープニングとめちゃくちゃマッチしてて」
「あっ、アニメ観てたんだ?」
「もちろん。ロボット系は制覇してる」

 静人が横から口を出した。

「大我、けっこうアニオタだから……昔の作品とかも詳しいよ……」

 メガネというだけで偏見はよくないが……納得はできた。それから、アニメのオープニング動画を流し、ひとしきり興奮した後に今日はお開きとなった。
 陽希と一緒の下校にもすっかり慣れた。最近気付いたことだが、陽希は僕の歩幅に合わせてくれているし、車道側を歩いてくれる。むずがゆい気持ちもなくはない。
 交差点のところで陽希が言った。

「なぁ、まだ話し足りないし、公園行こう」
「いいけど」

 僕たちは自販機で飲み物を買ってからベンチに腰をおろした。予報では夜中に雨が降るらしい。じとり、と湿った空気がまとわりついていた。

「千歳、気になってたんだけど。なんで引っ越しすること言ってくれなかったんだ?」

 いつかその質問が来るかもしれない、と身構えていた。今日がその日だったか。

「……誰にもお別れを言いたくなかったんだ。目立つのも嫌だったし。湊市に帰ってくることは決まってたし。だったら別にいいか、って」
「よくなかったよ、俺は……」

 消え入りそうな声で陽希はそう言い、一息ついた後、続けた。

「俺さ、中学に入学してから、千歳がいないこと知って。千歳んちの近所の人に聞き回ったんだよ」
「そんなことしたの?」
「うん。そしたら引っ越した、って隣の家の人から教えられて。俺……泣いたんだぞ?」

 僕は下唇を噛んだ。まさか陽希がそこまでショックを受けていただなんて想像すらしていなかった。

「千歳、卒業生の日にさ。また中学でな、って俺が言ったら、うんって笑ったから。また会えるってばかり思ってた」
「それは……悪かったよ」

 少しずつ思い出してきた。僕の通っていた小学校からは、中学受験で私立に行かない限り、ほぼ全員が同じ中学校に行くことになっていた。だから卒業式とはいえあまりお別れムードがなかったのだ。

「次にもし、離れるようなことあったら……その時はちゃんと言ってくれよな、千歳」
「うん……わかった……」

 帰宅すると、作り置きの惣菜が冷蔵庫の中にあったので温めて食べた。今日も両親は遅いらしい。いつ話せるタイミングがあるかわからないから、僕は家族のグループメッセージでフェスに行きたいことを説明した。
 食後、少しぼおっとしてから筋トレ。ネットで調べて、ボーカル向けのものをいくつかやってみている。
 考えていたのは、陽希のことだった。

 ――陽希は僕が思っていたより僕を好いていてくれてたんだな。あのいじりも、そういうことだったのかも。

 今の陽希は、僕に軽音部という居場所をくれたし、そろそろ水に流してやってもいいかな、という気がしてきた。