どうしてだ? 昨日帰るときも、朝も普通だったじゃん。昨日なんて、キスしたあとも頬染めて「またキス、しよーな」とまで言ってたじゃん。

 だけどのちのち後悔したとか? 時間が経って来るに連れ、俺の口が臭かったとか、顔がキモかったとか思い出して、嫌になってきた……?


「蓮見、キス……したのか?」

 同じ美術選択で同じ机に着いているスイカに、突然に声をかけられる。

「はっ? キス? お、お前、なに言ってんだよ!」

 俺は派手に音を立ててイスから立ち上がって、声を張ってしまった。
 途端に教室がしーんとして、皆の目線が俺に向く。もちろん先生の目線も。

「蓮見くん、寝言は夜寝てからね。今は授業中だから、しっかり描くように」

 美術の先生の冷ややかな怒りの声と、クロッキー帳に図鑑の絵を模写していた生徒の迷惑そうな視線が刺さり、静かに頷いて席に着く。

 スイカは俺に身体を寄せ、コソコソ声で話しかけてきながらニヤリと笑った。

「なんだよ、蓮見〜びっくりするじゃん。魚図鑑開いて(キス)の絵を見てるから、模写する絵を鱚にしたのか、って聞いただけなのに。……なに、あっち(・・・)のキスのこと、考えてたとか?」

 スイカは察しのいいところがある男だが、やめろ、その野次馬顔。

「あるわけないだろ、こんな俺が」
「ま、そう言えばそうか。蓮見じゃな」

 オイ! 投げ掛けといてそれかよ。
 聞けよ、突っ込めよ。その蓮見がお前らの大好きなユミとキスしたんだよ!
 ……どうせお前もユミとやったことあるんだろうな。ふん。でも俺は「またしよーな」って言われてるんだぞ? スイカは言われたのかよ。

 ああ俺、おかしい。昨日まで「男友達同士でキスなんかおかしい」って断言していたのに、なぜこんなにムキになってるんだ。
 そして、どうして他の奴とユミがキスしたのかも、って思うと胸が痛くなるんだ。

 ……わかってる。これか恋するってことだろ。
 でも、わかっててもむしゃくしゃするんだよ。恋なんか大概はうまくいかないものだと知っているのに、始まってもいない相手にやきもちを焼いている。

 俺はどうしても胸のムカムカを抑えられず、クロッキー帳に書いた鱚は、真っ黒焦げの焼き魚になっていた。