男友達とファーストキスを経験し、恋に落ちたこと自覚をした次の日の朝。
 俺は気まずさに似た気持ちで教室のドアを開いた。
 
 恋するのは良しとして、やはり相手は男友達。そして、ユミはあんな表情を見せながらも、俺に特別な感情があるわけじゃないだろう。
 
 ユミは彼女がいたこともあるし、キスは「上がり」の奴らと日常的にあったようなことを言っていた。

 だけどそれなら、あんな顔で俺を見るんじゃねーよ。ユミ。
 俺はこれからどうしたらいいんだよ。普通にできるのかな……。

「オッス、蓮見」
「ぅわっ」

 後ろから来たクラスメートの幕内(マク)に肩を組まれた。マクはすぐに他の奴にも同じように挨拶して回り始める。
 マクも「上がり」だけど、ユミと仲良くなった俺にすぐに打ち解けてくれた、気さくな奴だ。

「おはよ、ユミ」

 マクは鞄を置くと、背後から両腕を回し、ユミを抱きしめて声をかけた。

 ──む……? あれ? いつもそうだっけ?

「ユミ、おはよ」

 今度は別のクラスメートの山崎(サキ)がユミの腰に手を回す。

「ユミ、英語やった?」

 成瀬、お前もか。
 最後に来た成瀬はユミの頭に手を置いて、髪をクシャクシャと触った。

 ──ん、んん??
 ユミに友達が多くて、みんなから好かれているのはもちろん知っている。 だけど……いつもそんなにみんなと近かったっけ!?

 いや待てよ。
「男友達同士でキスしたことある?」って。
「公立の共学ってそんな感じ?」って。

 マクもサキも成瀬も「上がり」じゃん。ユミはこの中の誰かと……いや、まさかこの全員とキスしたことがあるってことじゃないのか!?

 ダメだ。ユミに話しかける奴、近寄る奴。それが「上がり」なら全員がそう思えてくる。

 お前ら全員、ユミとキスしたのかよ!

「蓮見、入んないの?」
   
 ユミの隣の席に座っていた水河(スイカ)が、入口ドアに立ち尽くしてユミを囲む空間を凝視している俺に気づいて、声をかけた。

 ユミも俺に気づいて「蓮見、おはよ」とにこっと笑う。

「……はよ」

 それでやっと俺は自分の席に行き、する必要もないのに、鞄から机に教科書を移し始めた。

 いつもなら鞄の中身なんか開けずに、ユミのいるグループに混ざって他愛もない話を楽しむ。
 なのに胸の辺りがいやにモヤモヤして気持ちが悪くて、座った椅子から立ち上がれない。

 俺は皆の輪には加わらず、朝と次の休み時間を一人で過ごした。
 
 ただ、上がりも新顔も、俺の塞いでる様子を気に留めることはない。しょせんモブキャラだし「腹でも痛ぇんじゃね?」くらいのことだろう。

 ユミだって。
 朝の挨拶以降、俺に話しかけてもこないし目線ひとつ合わない。

 今日の三・四時間目は選択科目で、俺は美術、ユミは音楽なんだけれど、いつもなら教室を出る前に必ず言葉を交わすのに、今日のユミは他の奴らと話しながら、顔も向けずに俺の前を通り過ぎた。