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 ふにふにとした唇の柔らかい感触。こすれる鼻や、顔を包む手の暖かさと滑らかさ。

 ──気持ちいい……頭ン中、真っ白になる。

 十六年間彼女ナシ。女の子と手を繋いだ最後の記憶は小学校の運動会。中学の時に男女混合のグループで遊びに行ったことはあるけど、いつも端っこで愛想笑いを浮かべていたモブキャラの俺だから、知らなかった感覚に流されてしまったのかな。
 
 キスの仕方も知らないくせに、ユミの唇が一度離れた時、無性に寂しくなって……ユミの首を引き寄せ、自分から緩く開いた唇を重ねた。

 ユミは最初、驚いたのだろうか。驚くよな……肩を少し揺らした。でも、ユミも同じだけ唇を開いて、そのままキスを続けてくれた。

 ────いったいどれくらいそうしていたのか。初めてのキスに溺れた俺は、酸欠を起こしていたらしい。
 
「蓮見、大丈夫? ちゃんと息、しないと」

「……あ……?」

 気づいたらユミの顔はすっかり離れていて、俺は陸に上げられた魚みたいに口をはかはかとしていた。
 頭がぼうっとして、目の奥ではちかちか光る渦巻き模様がぐるりぐるりと回っている。おかげで視界が歪み、ユミの表情が泣いて歪んでいるように見えた。

「ジュース飲む? ……お茶の方がいいか。持ってくるからそのまま横になってていいよ」

 耳の中もボワンボワンとしているせいか、それともユミも息苦しかったからなのか、ユミの声まで鼻声に聞こえてくる。
 でも、大丈夫か、とか気の利いた声はかけられなかった。ユミは、ふぅ、と息を吐いたらすぐに起き上がって、部屋を出て行ってしまったから。

 パタリとドアが閉まる。

 ────はっ!? 俺、今どうしてたんだっけ……!

 一人になった部屋で急に冷静になって、自分がしでかしたことを認識する。

 やった、やってしまった。男友達とファーストキスを経験し、あまつさえ気持ち良くなっちゃって、自らチュッチュッチュッチュッと。

 身体を起こし、唇を押さえる。

 ──こんなこと普通じゃない。

 そう思うのに、ユミの唇の感触を思い出すと顔や胸が熱くなり、また頭がぼんやりとしてしまう。

「お待たせー」
「ふ、んわっ」
「えっ、なに!?」 

 太陽の位置が変わって日が差さなくなった仄暗い部屋の中。置物のように正座して唇に触れていた俺は、ユミの声で我にかえった。
 ユミは驚いた俺に驚いて、グラスの中の麦茶を揺らした。

「な、なんでもない……」
「あ、そ……」

 小さなテーブルにグラスが置かれる。でも、なんとなく手が出せず、声も出せず、気まずい空気を発してしまう。
 重い沈黙を破ったのはユミ。

「蓮見……キス……いや、だった? 気持ち、悪かった?」

 体育座りで隣に座ったユミが、膝の上に乗せた顔を俺に向け、赤い顔をして辿々しく聞いた。