そうそう。キスとは、思い思われ、両思いになった男女が互いの溢れる気持ちを行動に表す神聖なる愛の儀式だ。
 きっと甘くて爽やかで、摘みたてのゼラニウムみたいな香りが漂うはずた。

 俺は高尚な説法をユミに説いてやった。そなたも純朴なアオハル恋愛をするがよい、と。

 けれどユミは一瞬キョトンとしてから、涙を流しもって大笑いをした。

「神聖、とか! はー、笑いすぎて腹痛い。キスが神聖とか何時代の人? 昭和? 大正? 旧石器時代?」
「なっ……!」

 なんでここまで馬鹿にされなきゃ駄目なんだ。
 そうだよ、悪いか。こっちは両思いさえ経験無しのモブキャラなんだ。恋愛旧石器時代でなにが悪い!

 俺が言葉を出せないでいると、ユミは目尻の涙を拭いて続ける。

「へぇ。まじでやったことないんだね。公立の共学ってそんな感じなんだ。俺らってさ、ずっと男ばっかりだったから、彼女とするときのために練習〜とかって普通にやってたんだよね。だいたいさぁ、軽いキスとか男アイドルとかもライブでやってんじゃん。仲良しのコミュニケーションみたいなもんだろ?」

 いや、いやいやいや。
 共学も男子校も関係ないし、俺たちはアイドルでもない。男友達同士で仲良しキスなんて、どこにそんな理論がまかり通る日常世界があるんだよ。

 ……いや、うちの学校にはあるってこだよな。マジか……男子校って、それが通常モードなのか……?

「いや、やっぱ、ないわ……俺のファーストキスは、絶対に好きな子と……」

 自分を抱きしめ、身震いをしながら発する。
 すると、ユミはとてもとても不服そうな顔をして、じわりじわりと俺に寄ってきた。

「な、なんだよ」

 あぐらをかいたままの姿勢の俺は、上半身だけを後ろにそらせてユミと距離を取ろうとした。
 けれど失敗してバランスを崩し、そのまま後ろにひっくり返ってしまった。

「……いっ、てえ……」

 ひっくり返った拍子に、頭をベッドの枠でゴツン。

 打った頭のてっぺんを両手で押さえ、目をギュッと閉じて痛みが過ぎるのを待つ。
 けれど……目を閉じていてもわかる、覆いかぶさってくる影と人の気配。

 片目を開けて様子を窺う。

「ユミ……? ……えっ!?」

 ユミの顔が至近距離も至近距離にある。
 鼻がもう、こすれそう。

 なんだこれ。ユミ、ちょっと待……。

「んむっ!?」

 ちょっと待て、と言う言葉も出ないまま、ユミの唇が俺の唇に重なった。

「んーー! んーー!!」

 パニックに陥る。
 柔道の授業では、俺より少し背が低くて細っこいユミに気を使いながら寝技をかけるのに、今、必死にユミの身体を押してみても、ユミを退かせることができない。それどころか全体重をかけて身体に乗られ、手首を掴まれて動けなくなった。
 
「んーー、んっ……んん……」

 なのに……次第にユミの唇の柔らかさや熱さが心地良くなって。
 何度も何度も角度を変えてキスされているうちに、力んでいたのが徐々に取れてきて……。

 俺は。
 いつの間にか。
 ユミにされるがままになっていた。