◆
五か月前の四月。
入学式を終えて、教室に戻る渡り廊下の途中。桜の花びらが通路の両端にレーンを敷いていたのを覚えている。
「蓮見っていうの? 下の名前は?」
そう言って俺の名札に触れたユミの第一印象は、男だけど"可憐な子"。
かと思えば猫目をくりくりとさせて好奇心いっぱいに俺の顔を覗き、菱形フォルムの長めの髪を春風に揺らしながら、屈託なく微笑んだ。
だからかな。見るからに平凡顔のモブキャラな俺が、明らかに陽キャでキラキラしているユミに対して、気構えずに答えられた。
「桂。はすみ、けい。でも女みたいで好きじゃないから蓮見って呼んで」
「はは。じゃあ俺なんかどうなんの? ユミ、って呼ばれてるよ、俺。堀内弓人。だからユミ。よろしくな、蓮見」
手を差し出して、はじけるように笑ったユミ。そのときユミの後ろで、小さな花がポッポッポッと咲いた気がした。
◆
小さな花。そう、花束に必ず入ってるあの花、可憐なカスミ草。
「フラワーショップはすみ」の跡取り息子の俺は、男女関係なく、人間を植物に結びつける癖がある。
クラスには棘のある薔薇みたいに気障な生徒、向日葵みたいな元気な生徒、変わりどころのラフレシアみたいな生徒もいて……ユミは、メインを張るような派手さはないけれど、いつも自然にそこにいて、仲間内の空気をまとめるような存在感がある。
カスミ草ってメインの花の引き立て役みたいに思われているけれど、そんなことはない。あの清らかで可憐な花があるからこそ、まとまりのある美しい花束ができ上がるのだ。
なのに、男友達同士でキスなんて! せっかく可憐なイメージを持って生まれてきているのに、なんてナチュラルにおかしな疑問を投げかけてくるんだ。
「寝ぼけてないよ。キスくらいで過剰反応じゃない? ……えっ、蓮見って、もしかして女子とも経験ないとか!?」
「ぁがっ!?」
「……あーー。そっかぁ、そうなんだぁ。ごめんごめん。うん。聞いて悪かった」
ユミはそう言いながら、肩に置いた俺の手を解き、生温かい視線を向けてくる。
「やめろ! その憐れむみたいな目!」
「憐れんでないって。蓮見が純情で、俺はすこぶる嬉しいよ!」
にこにこと微笑みながら俺のグラスにサイダーを注ぎ、飲めとばかりに手渡してきた。
俺はそれを奪うように受け取り、乾ききった喉に通す。
シュワシュワ感がいつもよりも鳩尾に染みる気がした。
「マウント取りやがって……ユミは経験があるってこと? もしかして……彼女、いるのか?」
友達になってから一緒に放課後を過ごすことが多く、彼女がいるような素振りは見せなかったのに、俺が知らなかっただけなのか。
「んーん。今はいない。合わなくて、すぐ別れちゃったから」
なんと……すぐに別れてもやることはやっているとか、万年モブキャラ・陰キャの俺には理解ができない。
これだから今まで陽キャは苦手だったんだ。
「あっそ……。でも、女の子と経験があるなら男とやる必要ないじゃんか。それに、キスって神聖なものだろ。もっと大事にして、本当に好きな子としろよ」
五か月前の四月。
入学式を終えて、教室に戻る渡り廊下の途中。桜の花びらが通路の両端にレーンを敷いていたのを覚えている。
「蓮見っていうの? 下の名前は?」
そう言って俺の名札に触れたユミの第一印象は、男だけど"可憐な子"。
かと思えば猫目をくりくりとさせて好奇心いっぱいに俺の顔を覗き、菱形フォルムの長めの髪を春風に揺らしながら、屈託なく微笑んだ。
だからかな。見るからに平凡顔のモブキャラな俺が、明らかに陽キャでキラキラしているユミに対して、気構えずに答えられた。
「桂。はすみ、けい。でも女みたいで好きじゃないから蓮見って呼んで」
「はは。じゃあ俺なんかどうなんの? ユミ、って呼ばれてるよ、俺。堀内弓人。だからユミ。よろしくな、蓮見」
手を差し出して、はじけるように笑ったユミ。そのときユミの後ろで、小さな花がポッポッポッと咲いた気がした。
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小さな花。そう、花束に必ず入ってるあの花、可憐なカスミ草。
「フラワーショップはすみ」の跡取り息子の俺は、男女関係なく、人間を植物に結びつける癖がある。
クラスには棘のある薔薇みたいに気障な生徒、向日葵みたいな元気な生徒、変わりどころのラフレシアみたいな生徒もいて……ユミは、メインを張るような派手さはないけれど、いつも自然にそこにいて、仲間内の空気をまとめるような存在感がある。
カスミ草ってメインの花の引き立て役みたいに思われているけれど、そんなことはない。あの清らかで可憐な花があるからこそ、まとまりのある美しい花束ができ上がるのだ。
なのに、男友達同士でキスなんて! せっかく可憐なイメージを持って生まれてきているのに、なんてナチュラルにおかしな疑問を投げかけてくるんだ。
「寝ぼけてないよ。キスくらいで過剰反応じゃない? ……えっ、蓮見って、もしかして女子とも経験ないとか!?」
「ぁがっ!?」
「……あーー。そっかぁ、そうなんだぁ。ごめんごめん。うん。聞いて悪かった」
ユミはそう言いながら、肩に置いた俺の手を解き、生温かい視線を向けてくる。
「やめろ! その憐れむみたいな目!」
「憐れんでないって。蓮見が純情で、俺はすこぶる嬉しいよ!」
にこにこと微笑みながら俺のグラスにサイダーを注ぎ、飲めとばかりに手渡してきた。
俺はそれを奪うように受け取り、乾ききった喉に通す。
シュワシュワ感がいつもよりも鳩尾に染みる気がした。
「マウント取りやがって……ユミは経験があるってこと? もしかして……彼女、いるのか?」
友達になってから一緒に放課後を過ごすことが多く、彼女がいるような素振りは見せなかったのに、俺が知らなかっただけなのか。
「んーん。今はいない。合わなくて、すぐ別れちゃったから」
なんと……すぐに別れてもやることはやっているとか、万年モブキャラ・陰キャの俺には理解ができない。
これだから今まで陽キャは苦手だったんだ。
「あっそ……。でも、女の子と経験があるなら男とやる必要ないじゃんか。それに、キスって神聖なものだろ。もっと大事にして、本当に好きな子としろよ」