俺は、鉢の花の点検を始めた蓮見に吸い寄せられるように近づいた。
 俺の足に気づいて顔を上げた蓮見は、花の話をたくさんしてくれた。
 本当に花が好きだとわかる、とても優しい表情だった。

 それから、花束の種類を長い時間悩んでいる母親にも声をかけると、あっときう間にばあちゃんのイメージどおりの花を集めて花束を完成させ、切り落として残ったカスミ草で小さなブーケを作り始めた。
 その姿はまるでマジシャンみたいで、俺は蓮見にすっかり見とれていた。

 ブーケを完成させた蓮見は満足げに頷くと、まるで、俺が今悩んでいることを知っているかのように声をかけてくれた。そして「カスミ草の花言葉は『永遠の愛』『清らかな心』ですよ」とつけ加えて、カスミ草のブーケを俺に手渡し……柔らかく笑った。

 ◆

 俺は多分、あの瞬間に蓮見に恋に落ちていたんだ。
「この人に振り向いて貰えなくてもいい。ただ、俺が真っ直ぐ好きであればいい、ずっと」ってさ──カスミ草の花言葉、そのままに。

 それからときどき、フラワーショップ蓮見に足を運ぶようになった。店には入らない。店頭にいる蓮見の姿を遠くから見て、優しい目で花びらをくすぐり、観葉樹の葉を撫でる蓮見の手に、まるで自分がそうされている植物であるかのような想像をする。それで充分だった。

 そうして、秘密の一方的な逢瀬を重ねるうちに、心が満たされ悩み苦しむ気持ちが薄れている自分に気づいた俺は、ずっと俺が塞いでいるのを心配してくれていた幼馴染の成瀬とサキにカミングアウトをした。

 このときも、成瀬は男泣きに泣いた。それはもう暑苦しいくらいに俺を抱きしめ、鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔を押し付けて。

「一人で抱えて辛かったな。俺、ユミの味方だから。ユミとはずっと友達だから、辛いときは頼ってくれよ」と。

 サキは元々バイだからなんとなくわかってた、って。
 いつも通り最高級イケメンの顔で「俺を好きになってもいいんだぜ? ユミならいつでもウェルカムだよ」なんて言うから、悩んでたのがバカみたいに思えて……力が抜けて、結局俺も泣いたっけ。

 それから俺は、中学からの仲がいい奴には隠さなくなった。
 スイカは最初、ちょっと複雑な気持ちだったみたいだけど、俺と変わりなく過ごすうちに偏見がなくなった、って。
 マクもそんな感じかな。一時期距離はあったけど、俺は俺のままなんだとわかってまた一緒にいるようになった。

 ともすれば非難され排除される存在に成りうるのに、みんな暖かい。
 俺は皆の友情に感謝している。


 ────そして、高校生になった四月。俺は蓮見桂と再会する。

 教室に入ってすぐに気づいた。

 あの人だ……!

 蓮見の周りだけ、まるでグリーンの緑葉樹に包まれたように、マイナスイオンが出ている気さえした。

 意を決して入学式後の渡り廊下で声をかけた時、俺に気づくかとドキドキしたけど空振り。

 でもそれでも良かった。蓮見が近くにいる。これから高校の三年間、あわよくば大学でも同じ学部に上がれば、友達としてそばにいることができる。 
 これ以上に幸せなことがあるだろうか。      

 これ以上望んではいけないとも思った。思った……のに。俺の恋心はどんどん加速し、ゴールデンウィーク明けの俺の蓮見への態度を見た上がりの仲間に、恋心は簡単にばれた。