「今日からマネージャーをしてもらうことになった赤井ちゃんよ」
「よ、よろしくお願いします」
 
 ケモノメンズのメンバー3人が揃った事務所内。
 
 麗香さんに紹介されて、私はペコリと頭を下げる。
 名前は「葵ちゃんだから、赤井ちゃんで。正反対の方が切り返しやすいでしょ?」という麗香さんの一言で決まった。
 安易だとは思ったけど、変に小難しい名前よりは単純な方が私も助かる。
 
「そっか……。赤井ちゃんね……」
 
 お兄ちゃん……いや、圭吾が私の顔をジッと見る。
 
 うわー、顔近い近い!
 きゃー! イケメン!
 
 じゃなくて!
 大丈夫だろうか?
 私だってバレないかな?
 
 私は今、麗香さんに化粧を施され、スーツを着させてもらっている。
 あとは、伊達メガネという雑な変装だ。
 
 圭吾とは毎日のように顔を合わせている。
 バレないわけがないと思うんだけど……。
 
「大丈夫、大丈夫。あの子はああ見えて、抜けてるから」
 
 麗香さんはそう言っていたが、絶対にバレると思う。
 
 圭吾は私の顔を見て、つぶやいた。

「葵……」
 
 やっぱりバレたー!
 マズいマズいマズい!
 
 これだと、お兄ちゃんがアイドルをしていることを、私にバレてるって、バレちゃう。
 
 ……せっかく隠してたのに。

 血の気が引いていく中、お兄ちゃん……いや、圭吾がニコリとほほ笑んだ。
 
「に似てるね。赤井ちゃん」
「へ?」
「俺の妹。葵っていうんだけど、可愛いんだ」
 
 きゃー! やめて!
 身体がむず痒くなる。
 
「今度会わせるよ。赤井ちゃんも絶対気に入ってくれるよ」
 
 あー、いや、それは無理かなぁ。
 
「なに? 圭吾はオッケーってこと?」
 
 盛良くんがソファーの背もたれに片腕を乗せ、足を組んでいる。
 
 うーん。
 ちょっと態度悪いなぁ。
 ファン目線で見てると、盛良くんは素直で明るいイメージだったんだけど。
 
 まあ、アイドルの本当の顔なんて、こんな感じなのかもしれない。
 
 きっと、圭吾が奇跡的に裏表ないだけなんだと思う。
 
「うん。もちろん。てか、俺からしたら最高かな」
「……お前の妹好きはもういいって。で、望亜は?」
 
 盛良くんが部屋の隅をチラリと見る。
 そこにはひっそりと望亜くんが立っていた。

「……別にいい」

 望亜くんって、裏ではこんな雰囲気なんだ。
 明るくハキハキしゃべってるから、ちょっと意外。
 
 なんか、見てると人見知りって感じがする。
 よくそれでアイドルなんてできるなぁ。
 すごい。

「じゃあ、赤井ちゃんには一から仕事覚えてもらうからね。みんな、協力してあげてちょうだい」
「はーい」
「はいはい」
「……」
 
 圭吾、盛良くん、望亜くんの反応だ。
 
 あれ? 望亜くんは返事してなかったけど。

「赤井、ジュース買ってきて」
「いやいや。パシリじゃないんだから」
「マネージャーだろ?」
 
 イラっとした感じで顔をしかめる盛良くん。
 
 うう……怖い。
 
「い、行ってきます」
 
 事務所から出て、廊下にある自動販売機の前に立つ。
 
「あ、しまった」
 
 ジュース代貰うの忘れてた。
 どうしよう?
 こういうのって経費ってやつで落ちるんだろうか?
 
 でも、経費なら領収書ってやつが必要なんだよね?
 自動販売機って領収書出してくれるのかな?
 
 とにかく財布から200円を出して、自動販売機に入れる。
 
「えーっと、どれにしようかな? オレンジジュースでいいのかな?」
 
 オレンジジュースのボタンを押そうとしたら、後ろから手が伸びてお汁粉のボタンを押した。
 ゴトンと音を立てて、お汁粉が落ちてくる。

 ええー! お汁粉って!
 よりによってお汁粉って!

「盛良はこのライナップだとお汁粉なんだ」
 
 後ろからボタンを押したのは圭吾だった。

「あ、そうなんだ……」
「あいつ、意地悪なところがあるからさ。お汁粉以外を買ってったら、きっと文句言われてたよ」
「あ、ありがとう」
 
 やっぱり圭吾は優しい。
 こういうところが大好き!
 
「わからないことがあったら、何でも聞いて」
「う、うん……。ありがとう」
 
 圭吾のおかげで盛良くんには怒られずに済んだ。
 
 逆に盛良くんは舌打ちして、圭吾を睨んでいたから、単に私に意地悪をしたかっただけだったみたい。
 
 うーん。前途多難。
 本当に、私、マネージャーとしてやっていけるんだろうか。
 
 
 
 それから麗香さんはすごく自然な形で、ケモノメンズに新人のマネージャーが付いたという情報をファンに流した。
 
 そのおかげか、掲示板では『なんだ、マネージャーだったのか』と納得してくれた。
 これで、なんとか危機はさけることができたのだ。
 
 ただ、『てか、このマネージャー、圭吾と距離近すぎじゃない? ブスのくせに』と書き込まれていた。
 当たり前だけど、ファンからの私の印象は最悪だ。
 
 これにはちょっと凹んだ。
 しばらくは掲示板には、私の悪口が書かれるだろう。
 
 だけど、見ないわけにはいかない。
 マネージャーになった今、逆にこの掲示板はしっかりとチェックしていかないとならない。
 
 あとは、書き込むのも控えないと。
 変なことを書き込んじゃったら終わりだもんね。
 マネージャーじゃないと知らない情報なんて書いたら……炎上まっしぐらだ。
 
 いつまでも甘えてられない。
 ちゃんと、マネージャーとして頑張らなくっちゃ。
 
 
 
「盛良を迎えに行って」
 
 土曜日の早朝。
 寝てたら、いきなり麗香さんから電話がかかってきた。
 
 今日はダンスの稽古があるのだ。
 朝の10時からだから、もう少し寝てられるなって油断してたから、かなりビックリした。
 
「あの子、寝起き悪いのよ。悪いけど、遅刻しないように迎えに行ってくれないかしら」
「わ、わかりました」
 
 すぐに着替えて家を出る。
 サングラスとマスクという怪しい恰好でダッシュする。
 
 ケモノメンズがダンスの稽古をしている間に、私は麗香さんに化粧を習う予定だ。
 いやー、化粧って難しいんだね。
 自分でやってみたけど、化け物のようになっちゃった。
 良くも悪くも、化粧は人を変えるね。
 
 マンションの一室。
 つまり盛良くんの部屋だ。
 
 鍵は麗香さんから渡されている。
 一応、インターフォンを押してみたが、まったく反応がない。
 仕方ないので、鍵を使って中に入る。
 
「盛良くん? 迎えに来ましたけど?」
 
 リビングにはいないので、部屋のドアを開ける。
 すると、盛良くんがベッドで寝ているのを発見した。

「起きてください―!」
 
 しかし、死んだように反応がない。
 
 こういうときはどうするか。
 簡単だ。
 布団を引っぺがすに限る。
 
「とりゃー!」
 
私は勢いよく布団を剥ぎ取った。
 すると――。

「えええええええ!」
 
 布団の下の盛良くんは……。
 裸だった。