「ゼンブ、コロス……!」

 バーサーカーモードになると、目に映る生物を対象とし、敵味方関係なく狩り始める。それがヤゴンのジョブ、バーサーカーの長点でもあり、欠点でもある。

 故に、本気を出すには一人で戦う必要がある。
 ヤゴンには数十人もの手下がいるが、一切手を借りることができない。

 だからこそ、俺たちにも勝機がある。

 ロザリーとレイは、距離を取って構えた。
 が、すぐに気付いた。真横にいたはずの俺の気配が消えたことに。

「ど、どうなってるね?」
「落ち着きなさい」

 キョロキョロと辺りを見回すレイに声をかけながらも、ロザリーはヤゴンから目を離さない。
 逸らした瞬間、死が訪れるかもしれない。それほどの殺気を受けているからだ。

 頭の中では考えているはずだ。
 いったい俺がどこに消えたのかと。

 その数秒後、二人は目を見開いた。

「――グッ」

 ヤゴンの右肩後方に、小型ナイフが突き刺さる。
 思わずよろめくが、倒れることなく、あっさりと引き抜いてしまう。

「ドコダ! デテコイ!」

 だが、それも織り込み済みだ。
 続けざまに、右足のふくらはぎに別のナイフが刺さった。

 片膝をつきながらも背後を振り返るヤゴンだが、彷徨わせる視線の先に、俺の姿は無い。
 そして、その動作は隙となる。

「ギッ」

 ヤゴンは右手に持ったククリナイフを地面に落とし、手の平で首筋を抑える。同時に、左手に持ったククリナイフを暗闇に向けて突き出す。
 もちろん、それは空を切るだけだ。

「イツノマニ、チカヅキヤガッタ!」

 首筋を抑える右手の指の間から、血が滲み出ている。
 斬った瞬間、僅かに体を引いたことで、致命傷を防がれたらしい。

 だが、応戦しようにも俺の姿を見つけることができない。

「ヒキョウモノガ! カクレテネエデデテキヤガレッ!」

 ヤゴンは声を荒げるが、姿を見せるつもりは毛頭ない。
 これがアタッカーである俺の……アサシン本来の戦い方なのだからな。

 それにもう、これ以上は手を下す必要もないだろう。

「ロザリー、レイ、奴から離れるぞ」
「わわ、いきなり現れたね! 了解よ!」
「っ、分かったわ」

 二人の許に戻った俺は、声をかけてヤゴンの目が届かない場所へと退避する。
 一方、ヤゴンはというと、いつまた暗闇の中から奇襲を受けるか分からず、その場から一歩も動けないでいた。

 それから数十秒ほどが過ぎただろうか。
 ヤゴンはバーサーカーモードを解除し、通常体へと戻る。

 理由は明白。
 魔力が枯渇したのではない。小型ナイフに塗っておいた毒が全身へと回ったからだ。

「う、うぅ、……くっ、くそが……アタッカーが、コソコソしやがっ、て……!」
「悪いな、俺は臆病な性格なんだよ」

 もはや動くこともできなくなったヤゴンの傍へと歩み寄り、俺は返事をする。
 その台詞を耳にしたヤゴンは、悔しそうに顔を歪め、そのまま地に伏して息絶えるのだった。