レイが魔猪をグーパンで倒した次の日。
 再びギルドの受付前で集合した俺たちは、手筈と持ち物を確認し合う。相手は山賊の一味だ。人数が分からない以上、深追いは禁物だ。確実に倒せる、そして俺たちに被害が出ない状況でもない限り、無理はしないことを確かめた。

 しかし、ロザリーとレイの性格的に……不安だらけだ。何しろ二人とも好戦的だからな。

「ブレイブ・リンツの皆さま、ご武運を……!」

 イルリの言葉を胸に受け、三人パーティーになった俺たちはリンツ街を出立する。

 目的地は西方面の谷あいとなるのだが、町の北側から移動し、そのまま山中へと足を踏み入れた。山沿いを進んで谷あいに向かってしまえば、山賊から丸見えだ。まさに格好の的と言えるだろう。

 ノアが率いる山賊討伐隊のように大所帯であれば杞憂に過ぎないが、こっちは三人しか居ない。それも全員がアタッカーというオマケ付きだ。

 故に、奇襲への対処を考えるならば、可能な限りの安全策を取っておきたかった。

 ロザリーとレイ、そして俺の三人は、北側から山の中に入ったあと、魔物との遭遇をできるだけ避けつつ、谷あいの通路と並行するように歩いて行った。

「何かあるな」
「……洞穴かしら」

 二時間ほど歩いただろうか。
 人工的に造られたであろう場所を発見した。

 周囲に溶け込むように偽装を施しているが、俺たちの目は誤魔化せない。辺りの木々が不自然に切られて開けている。

「どうするね? あたしが特攻してもいいけど」
「いや、待て」

 ウズウズしているレイを止める。
 それから視線を四方八方に巡らせると、幾つかの仕掛けが目に飛び込んできた。

「罠だな」

 指をさす。そこは一見何の変哲もない地面だが、周囲と比べると落ち葉の量が少しだけ多いように思えた。不用心に近づく侵入者対策として、落とし穴を用意したのだろう。

 そして広場を囲む疑義の上方の太い枝には、何か所にもロープが結ばれていた。それがどこに繋がっているのか目で追って確かめると、落とし穴とは別の通り道を塞ぐように張り巡らされていた。

「通ることができるのは……真後ろだけだな」

 結局、洞穴の入口を囲むように罠が用意されているので、入る術は一つしかない。洞穴の真後ろから直接降りる。それだけだ。

 回り道をして後方へと移動すると、ここで新たな要素に気が付いた。
 木の枝で隠されていたが、洞穴の真横に階段が用意されている。この場所を利用する輩は、実に用心深いな。

 一人ずつ階段から洞穴の入口に降り立つと、人工的に造られた飾りが付いているのを見つけた。同時に、洞穴の奥から漂う悪臭が鼻をつく。

「さて、真っ暗なわけだが……」

 灯りを付ける魔道具は持っている。それを使えば問題なく洞穴の中を進むことができるだろう。
 だが当然、中に居るであろう人物に気付かれることになる。

 何も使わずに暗闇の中を移動できれば楽なのだが、少なくともロザリーとレイには不可能だろう。唯一、ジョブ的に俺なら可能かもしれないが……いや、やはり無理だな。周囲の気配を察することは得意だが、暗闇の中をぶつからずに歩を進めることはできない。

 この中に山賊が居るかもしれない。
 では、どのようにして侵入し、気付かれることなく息の根を止めるのか。

「私に手があるわ」

 思考を巡らせていると、ロザリーが口を開く。

「どうするつもりだ?」
「風魔法を利用するの」

 小声で呟くと、続けてロザリーは呪文を唱える。それは例の空気の塊を作る風魔法だ。

「お……おお? こんなに……!?」

 一つ、空気の塊を作る。
 しかしまだ終わらない。

 もう一つ、更に一つと、どんどん作っていく。
 時間をかけ、ゆっくりとではあるが、空気の塊を三十個以上作り上げると、それを全てくっ付けてしまった。

 ただ、くっ付けたとはいっても、一つになったわけではない。あくまでも三十個の空気の塊がくっ付いているだけだ。

「飛ばすわ」

 ロザリーは、それを洞穴の中へと飛ばす。移動速度は牛歩並みだが、これで何をしようと考えているのか。

「暗中、空気の塊がぶつかると一つ消えるわ。私はその感覚を共有しているから、当たったものが生物なのか壁なのか判断することが可能よ。そして角度を変えてまた進んでいくから、合計で三十回は試行できるから」
「ロザリー、お前アタッカーだよな?」
「そうだけど? なによ?」
「下手したら銀級のサポーターにも引けを取らないんじゃないか?」
「……私はサポーターじゃなくてアタッカーよ。だからアタッカーとしての評価をしなさい」
「すまない」

 つい、興奮して声を上げてしまったが、ロザリー的には気に入らない褒められ方だったらしい。次からは気を付けることにしよう。

 しかしこれで目の前の問題は解決したも同然だ。

 三十回分の試行が可能となれば、洞穴内の凡その広さや内部構造を把握することができる。同時に、侵入者となる俺たちを待ち構える輩の人数も分かるだろう。

 とはいえ、その代償は大きい。
 ロザリーには疲労の跡が見える。連続して魔法を発動したことで、魔力が枯渇しそうになっていた。

 魔力を回復するポーションも持っているが、飲んですぐに回復するわけではない。
 もし、山賊と交戦することになった場合、暫くはレイと俺の二人で応戦することになりそうだ。

 ロザリーが魔力ポーションを飲む傍ら、報告を待つ。
 すると、五分もしないうちにロザリーが目を細め、口を開いた。

「全部割れる前に最奥に着いたみたいね」

 空気の塊は、洞穴の中を進んで行く。
 一つ、また一つと割れては方向転換を続け、洞穴の最奥を目指す。
 その結果、どうやら行き止まりに達したらしい。

「この中に居るのは、全部で四人ね。……お願いできる?」
「四人か。任せてくれ」

 そいつらが銀級以上の実力者でもない限り、レイと二人で奇襲すれば何とかなるだろう。

「ロザリーは周辺を見張っていてくれるか」
「ええ」

 返事をすると、ロザリーは階段を上って洞穴の後方へと移動する。
 その一方、レイと俺は洞穴の中を手探りで進んで行く。結局は暗闇の中で進むことになったが、大まかな順路はロザリーのおかげで把握しているので、迷子になることはないだろう。

 暫く進むと、灯りの有る空間へと出た。そして更に深く歩を刻むと、洞穴の奥に牢を見つけた。そこには見張りが一人と、牢の中に三人。
 なるほど、山賊が一人と、捕まった人が三人というわけか。全部で四人と言っていたが、相手をするのは一人だけで済みそうだ。

「俺が殺る」
「了解ね」

 音も無く忍び寄り、油断している見張りの背後へと近づくと、その首元を短剣で掻き切った。
 力なくその場に倒れる見張りを見下ろし、動かないことを確認したあと、レイに合図を送る。

「楽勝ね」
「ロザリーのおかげだな」

 彼女の風魔法が無かったら、今頃まだ中に入る方法を思考し苦労していたはずだ。

 安堵の息を漏らし、見張りから牢へと視線を移す。
 そしてようやく気付いた。

「……おいおい、なんでこいつらがここに居るんだ?」
「なんね、知り合いだったね?」
「ああ、残念ながらな……」

 レイの疑問に対し、俺はウンザリした顔を作って答える。
 牢の中に閉じ込められていたのは、ロザリーと俺がよく知る人物――ユスランたちであった。