リンツ街周辺における二角兎の生息地は、山の中だ。
 モルサル街の裏山と比べると範囲が広く、南北に長く連なる山脈なので、どの辺りを探索するか悩みどころだ。

 しかしそれでも、谷あいまで戻る必要はないので、ここからそれほど遠出する必要はなさそうだ。

 二角兎の討伐依頼を受注した俺たちは、一先ずリンツ街の外に出ることにした。
 今回は北側を探索してみる。

 暫くの間、二人して山沿いを歩いた。
 先人が通った道があるおかげで、迷わずに進むことができる。

 やがて、足を取られず山に登ることができそうな道を発見したので、周囲を警戒しながら入ることにした。

 それから更に十分ほどが過ぎただろうか。
 俺はロザリーの歩き方に感心していた。

「何よ?」

 俺の視線に気付いたのか、ロザリーが眉を潜めて声を出す。

「いや、良い冒険者だと思ってな」
「……私のこと?」
「ああ」

 魔物が生息する場所において、冒険者というのは部外者であり、侵入者でしかない。
 歩を進めるだけならば、それこそ冒険者でなくともできることだが、では魔物に気付かれずに歩くことが可能なのかと問われると、難易度が高くなると言わざるを得ない。

 そしてそれは歩き方だけではなく、臭いを消して音を立てないようにするといった技術も必要となってくる。

 実際問題、鉄級一つ星で新米冒険者のユスランたちは、それが全くできていなかった。
 故に二角兎を一体も見つけることができず、延々と逃げられ続け、丸一日かけても倒せなかった。

 しかしながら、ロザリーは異なる。

 俺の歩き方を見て、真似ているわけではない。
 けれども自然と音を消して歩くように注意していた。

 これは一朝一夕で身に着くものではない。相当な場数を踏まなければ不可能だ。
 当然、臭いや音に関しても気を付けていた。

「……褒めても何もでないから」

 ふい、と視線を逸らす。
 頼もしいアタッカーを仲間にしたものだ。そう思ってすぐに、俺は歩を止めた。

「代わりに、お目当てのものが出たみたいね」
「気付いたか、さすがだな」

 言葉通り、ロザリーと俺は気配を感じ取っていた。

 それは、俺たちとは別の生き物の音だ。
 耳をすまし、木陰に隠れて観察する。

 すると予想が当たる。すぐ傍に現れたのは二角兎だ。

「ロザリー、やってみるか」
「いえ、貴方に任せるわ」
「分かった」

 同じパーティーの仲間として、その腕前を見せるいい機会だろう。

 俺は腰に下げた二本の短剣のうち、一本をそっと引き抜くと、息を殺して狙いを定める。
 腕を思い切りしならせて、加減なく投げた。

 トスッ、と耳に響く音がする。
 二角兎の声は聞こえない。

「行くぞ」

 ロザリーと共に、二角兎がいた場所へと近づく。
 そこには、短剣が刺さって息絶える二角兎の姿があった。

「ふうん、やるじゃない」
「合格か?」
「私は初めから貴方を認めているんだけど?」
「それは失礼した」

 ロザリーに褒められた俺は、くくっと喉を鳴らして笑った。
 褒められるのは久しぶりだ。いつ振りだろうか。

「ありがとうな」
「また感謝の言葉?」

 頬を掻き、恥ずかしさを紛らわすように返事をすると、案の定指摘されてしまった。

 とにもかくにも、ブレイブ・リンツは見事に初陣戦を飾ることができた。
 俺は、ホッと一息吐くのだった。