結局、谷あいを越えるのに二日掛かった。
 交易馬車があれば半日の道程だったが、三台とも壊れてしまったから仕方あるまい。

 道中の食糧問題は、御者たちが持っていた分と、俺とロザリーが所持していた携帯食料があったので、ひもじい思いはせずに済んだ。

 ただ、丸二日間を徒歩で移動するのはさすがに疲れた。町に着いて手続きを済ませたあと、まずは風呂に入ることにしよう。

「見えたぞ」
「ふうん、あれがリンツ街なのね」

 リンツ街には、モルサル街のように町を囲む外壁が無い。周辺に脅威となる類の魔物が生息していないので、それ故の構造なのだろう。
 ロザリーもリンツ街に行くのは初めてなのだろう。物珍しそうな眼を向けている。

「おい、止まれ! そこで止まれ!」

 リンツ街の玄関口に近づくと、俺たちの姿に気付いた守衛が遠くから声をかけ、剣先を向けてきた。御者の両手を背越しに縛っているのを見て、何事かと思ったに違いない。

 ロザリーと俺は、互いの冒険者証を提示し、身分を明かす。

「銅級一つ星のリジン・ジョレイドだ。山賊の振りをして冒険者を襲う輩を捕まえたので、ギルドでの引き渡しを願いたい」
「同じく、鉄級二つ星のロザリー……」

 言い淀み、ロザリーが口を閉じる。
 特に気にせず、俺は守衛と話を続けた。

 モルサル街からリンツ街へと続く道中で起きたことを、一から説明していく。
 すると、守衛は納得したのだろう。剣先を収めてくれた。

 御者の身柄を守衛へと引き渡し、ギルドには報告を入れるだけで済むことになった。
 そしてようやく、俺たちはリンツ街へと入ることを許可された。

「無事、リンツ街に着いたな」

 御者の行動を見張りながらの徒歩移動だったので、疲れが溜まったらしい。
 手早く事後処理を済ませて、ゆっくりと風呂に入りたいものだ。

「俺は今からギルドに顔を出すが、ロザリーはどうする。一緒に来るか」
「当然でしょう」

 まあ、そうなるよな。
 今更何を聞いているのかと言いたげな様子だ。

「よし、それじゃあギルドを探そう」

 守衛の話では、町の中心部に建物があると言っていた。
 町中を歩いていれば直に見つかるだろう。と考えていたら、あっさりと到着する。

 ギルドの門を開け、受付へと近づく。
 そしてまず、受付担当のギルド職員と挨拶を交わした。

「ようこそ、リンツギルドへ。本日はどのような御用でしょうか?」
「これを渡しに来たんだが……」
「っ、……畏まりました。少々お待ちください」

 合計五個の冒険者証を受付嬢に見せる。共に交易馬車に乗り、リンツ街まで生きることができなかった冒険者パーティーのものだ。
 すると、受付嬢はすぐに理解したらしく、一旦受付を留守にして、書類を手に再び戻って来た。

「お待たせして申し訳ありません。わたくし、リンツギルドの受付を担当しております、イルリ・エルリンと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「よろしく頼む。俺はリジン、そして彼女がロザリーだ」

 互いに自己紹介し、首を垂れる。
 それからイルリは一つ一つ冒険者証を確認していく。

 冒険者証には、偽造防止の魔法が付与されている。真贋を確かめることができるので、誰々が死んだと嘘を吐くことはできない仕組みだ。

「……確認出来ました。本物ですね」

 そう言って、イルリは顔を上げて俺たちの顔を見る。

「ところで、この方々の亡骸は……」
「彼女が火炎魔法を使えるので、その場で火葬しました。場所はモルサル街を馬車で出発して二時間ほどの谷あいになります」
「そうでしたか……リジン様、ロザリー様、リンツギルドを代表して、感謝を申し上げます」

 冒険者とは、死と隣り合わせの職業だ。
 いつ死を迎えるのか分からない。今日は無事でも明日は死ぬかもしれない。そんな日常に生きている。
 その中には、誰にも知られることなく朽ちる冒険者もいる。そんな彼らの最期を知らせるためにも、冒険者証の回収は重要視されている。

「あ、お二人とも、こちらを……」

 報告を終えて受付から離れようとすると、イルリがカウンターの裏側から硬貨を取り出し、それを置いた。

「これは?」
「山賊の討伐依頼の報酬となっております」
「いや、でも……俺たちは依頼を受けていないんだが」

 通常、依頼が受注される前に達成されてしまうと、報酬を支払うことなく発注を取り下げることになる。
 つまり、骨折り損のくたびれ儲けだ。

 しかし今回、イルリは……いや、リンツ街のギルドは、それを良しとはしなかった。

「ギルドマスターからの指示ですので、どうかお受け取りください」

 イルリから説明を受ける。
 モルサル街とリンツ街を結ぶ谷あいに潜む山賊たちには、リンツ街も長らく苦労していたらしい。
 討伐隊を組んで何度も探したが、結局見つかることはなかった。

 それもそのはず、山賊だと思っていた輩は山に潜んでおらず、初めから交易馬車に乗っていたのだから、見つからなくて当然だ。

 そして今回、ロザリーと俺は、その山賊もどきを一網打尽にした。
 これはせめてもの礼ということなのだろう。

「それなら遠慮なく」
「いただくわ」
「改めまして、リジン様、ロザリー様、この度は誠にありがとうございました」

 イルリが頭を下げ、俺たちも同じく。
 受付から離れず、受け取った報酬をその場で二つに別ける。

「互いの取り分は……これでいいか」
「……わたしの方が多いわね」
「当たり前だ。ロザリー、きみの魔法でほとんど倒したんだからな」
「あれはただ、全力で撃ちたい気分だっただけよ」

 物騒なことを平然と言ってのける。
 ロザリーを怒らせたら危険だな。

「ふふふ」

 とここで、俺たちのやり取りを目の前で見ていたイルリが口元を緩める。
 目を向けると、「すみません」と謝りつつも、更にもう一言、

「リジン様とロザリー様、お二人はとても素晴らしいパーティーですね」

 と口にした。

「パーティー……ロザリーと俺が?」
「わたしたち、二人ともアタッカーなのよ」
「あ、パーティーではなかったのですか? 仲がよろしく見えたので、わたくしてっきり……」

 イルリには、仲が良く見えたようだ。
 世の中どのように見えているのか分からないものだな。

 しかしながら、アタッカー二人だけのパーティーは今も昔も有り得ない。

 イルリに礼を言って受付を離れる。
 しかし更にもう一声、背中に投げかけられた。

「――でも、いいじゃないですか? アタッカーだけのパーティーがあっても」

 その台詞を耳にして、俺はほんの少しだけやる気が出た。そんな気がするのだった。