「今度の日曜日、この前会った河川敷の近くで花火大会があるんだけど、一緒に行かない?」
声が聞きたかったし、どうしても会いたくなって、ボクは好美さんに電話をした。
「花火? いいね! どこで待ち合わせる?」
好美さんの声を聞くと嬉しくなる。
「この前の河川敷でいい感じに見られると思うよ。会場からは少しだけ離れているっけど、穴場みたいな場所だから。そこに午後5時でどう?」
「分かった。楽しみ~」
夏休みに入って、受験勉強に慌ただしいが、1日くらい、どびきりの夏の思い出がほしい。
どうか雨が降らないでくれ、と祈りながら平日が過ぎると、当日は願いが叶って快晴となった。、
河川敷に先に着いたボクは、場所を取って好美さんを待つ。
いつもなら人がいない寂れた川沿いのスポットだが、今日は露店が出ていて、それなりに人がいた。
花火会場から離れているが、ここからは遮るものがなくてキレイに見られるということを知っている人がたくさんいるようだ。
もし、好美さんが来なかったら、どうしよう……? やっぱり幻だったら?
ふと、不安がよぎる。
母さんが嘘を付かないのは、分かっている。
でも、亡くなったなんて、受け入れられない。じゃあ、これから会う人は誰だと言うんだ?
ボクがいつかつくると約束した曲名を知っていたから、好美さんが別人ってことは絶対ない。
最近、一人になるとそんなことばかりを考えてしまう。
好美さんとSNSでメッセージをやりとりしたり、電話で喋ると安心はするが、すぐに不安に襲われた。
再会して以来、もうボクの心の中は好美さんでいっぱいになっている。
「お待たせ!」
ずっと考え込んでいたタイミングで、背後から声をかけられたから驚いて、飛び跳ねてしまった。振り向くと、……好美さんがいた。
淡いブルーの浴衣を着ている。何てキレイなんだ。
「どうしたの? 幽霊でも見たみたいに驚いちゃって」と好美さんは笑う。
「好美さんは、幽霊なんかじゃないよ!」
つい、ムキになってしまったボクは慌てて、ごめんと頭を下げた。それを見て、好美さんはさらに笑う。
「……あの、浴衣、すごく似合ってるよ」
髪を結い上げている。下駄もかわいい。浴衣姿の好美さんがまぶしくて、ボクは直視できないでいた。
「ふふっ。よかった」
「豊樹くん、受験勉強は順調? 東京のMARCHのどこかを目指してるんだよね? めちゃくちゃレベル高いじゃん」
「うん。厳しいけど、頑張る。この前、模擬テストでいくつかはB判定だった」
「すごい!」
「MARCHは有名なアーティストが出てる大学だし、受からないと音楽活動でレーベルにフォローしてもらえなくなるから、今が勝負どころかな。好美さんは?」
「私は神奈川の国立一本に絞ってる」
「それもレベルが高くて大変だね?」
「アナウンサーになりたいもん。やるしかないよ」
並んで座ると、好美さんの顔が近い。その瞳に吸い込まれそうだ。
しばらくすると、花火が上がり出した。
「キレイ」
それまで夢中でいろんな話をしていたが、夜空に彩られる花火が目に入った途端、見入ってしまう。
右腕が、ずっと好美さんの左腕に接していて、体温が伝わってきた。
ボクは、心臓が飛び出そうなほど、緊張する。
豪華な花火は打ち上がり続ける。
一瞬、ボクの右手が好美さんの左手に触れてしまった。驚いたボクはすぐに引っ込める。
え?
好美さんは、ボクを見ないで花火を眺めたまま、そっと左手をボクの右手の甲に重ねてきた。そして、好美さんの頬と耳は真っ赤になっている。
どうしよう。
心臓が高鳴りすぎて、好美さんに聞かれてしまいそうだ。
もう、どうにでもなれ!
ボクは、思い切って右手の掌を返し、ギュッと手をつないだ。その時、一瞬お互いが見つめ合い、また花火を眺め続けた。
この手の感触。
間違いなく、好美さんは生きている。
神様、このまま時間を止めてほしい。ずっとこうして手をつないでいたい。ずっと一緒にいたい。
「……好美さん」
「何?」
夜空を見上げたまま、好美さんは返事をする。
「好美さんは、……幻なんかじゃないよね?」
何かの確証がほしくて、ボクは聞いてしまった。
「どうして?」
「いや、こうして隣にいるから、間違いないけど、……その幸せすぎて、不安になるっていうか、その……」
「私は、今、ここにいるよ」
「そうだよね」
「どうしても豊樹くんと再会したくて、七夕の日にここに来てよかった」
「いなくなったりしないよね? どこかに行ったりしないよね? ボクの隣にいてほしい」
「それ、告白?」
もう、自分の気持ちにウソはつけない。
「うん。好きだよ。小さい頃からずっと。これからもずっと」
「……私も、豊樹くんのこと、好き」
よかった!
「じゃあ、いなくなったりしないでほしい」
「どうしようかな」
え?
どうして約束してくれないんだ?
ウソだろ。
「豊樹くんは、10年後の七夕に再会する約束は守ってくれたけど、もう一つ約束が残ってるよ」
「好美さんのためにつくる『チャンス』って曲だよね?」
「うん」
「実は、もうある程度、できているよ。夏休み最後の日曜日に地元の野外ライブがあって、そこで初めて発表しようかなって思ってる」
「そのライブに私も行く」
「じゃあ、これからもまた会えるんだね?」
「うん」
「よかった」
「どんな曲?」
「秘密」
「えー! 少しだけ教えてよ」
「普段はプログラミングした楽曲が多いんだけど、今回は珍しく、アコースティックギター一本の弾き語りにしようかなって思ってるよ。だからアレンジはすごくシンプルだ」
「弾き語り! レトロでいいね」
「詳しい時間とか場所は、あとでSNSで送るよ」
「嬉しい。楽しみにしてる」
やがて、一際大きく盛大なフィナーレとなる花火が打ち上がり、夢の時間は終わった。
祭りの後の寂しさが覆う河川敷を抜けて、ボクは好美さんを駅まで送る。
生きていてほしい。
そして、ずっとボクと一緒にいてほしい。
こうして目の前に、いるんだから。
この手に残る、ぬくもり。
それがすべてだ。
確かなことは、それだけで十分だ。
声が聞きたかったし、どうしても会いたくなって、ボクは好美さんに電話をした。
「花火? いいね! どこで待ち合わせる?」
好美さんの声を聞くと嬉しくなる。
「この前の河川敷でいい感じに見られると思うよ。会場からは少しだけ離れているっけど、穴場みたいな場所だから。そこに午後5時でどう?」
「分かった。楽しみ~」
夏休みに入って、受験勉強に慌ただしいが、1日くらい、どびきりの夏の思い出がほしい。
どうか雨が降らないでくれ、と祈りながら平日が過ぎると、当日は願いが叶って快晴となった。、
河川敷に先に着いたボクは、場所を取って好美さんを待つ。
いつもなら人がいない寂れた川沿いのスポットだが、今日は露店が出ていて、それなりに人がいた。
花火会場から離れているが、ここからは遮るものがなくてキレイに見られるということを知っている人がたくさんいるようだ。
もし、好美さんが来なかったら、どうしよう……? やっぱり幻だったら?
ふと、不安がよぎる。
母さんが嘘を付かないのは、分かっている。
でも、亡くなったなんて、受け入れられない。じゃあ、これから会う人は誰だと言うんだ?
ボクがいつかつくると約束した曲名を知っていたから、好美さんが別人ってことは絶対ない。
最近、一人になるとそんなことばかりを考えてしまう。
好美さんとSNSでメッセージをやりとりしたり、電話で喋ると安心はするが、すぐに不安に襲われた。
再会して以来、もうボクの心の中は好美さんでいっぱいになっている。
「お待たせ!」
ずっと考え込んでいたタイミングで、背後から声をかけられたから驚いて、飛び跳ねてしまった。振り向くと、……好美さんがいた。
淡いブルーの浴衣を着ている。何てキレイなんだ。
「どうしたの? 幽霊でも見たみたいに驚いちゃって」と好美さんは笑う。
「好美さんは、幽霊なんかじゃないよ!」
つい、ムキになってしまったボクは慌てて、ごめんと頭を下げた。それを見て、好美さんはさらに笑う。
「……あの、浴衣、すごく似合ってるよ」
髪を結い上げている。下駄もかわいい。浴衣姿の好美さんがまぶしくて、ボクは直視できないでいた。
「ふふっ。よかった」
「豊樹くん、受験勉強は順調? 東京のMARCHのどこかを目指してるんだよね? めちゃくちゃレベル高いじゃん」
「うん。厳しいけど、頑張る。この前、模擬テストでいくつかはB判定だった」
「すごい!」
「MARCHは有名なアーティストが出てる大学だし、受からないと音楽活動でレーベルにフォローしてもらえなくなるから、今が勝負どころかな。好美さんは?」
「私は神奈川の国立一本に絞ってる」
「それもレベルが高くて大変だね?」
「アナウンサーになりたいもん。やるしかないよ」
並んで座ると、好美さんの顔が近い。その瞳に吸い込まれそうだ。
しばらくすると、花火が上がり出した。
「キレイ」
それまで夢中でいろんな話をしていたが、夜空に彩られる花火が目に入った途端、見入ってしまう。
右腕が、ずっと好美さんの左腕に接していて、体温が伝わってきた。
ボクは、心臓が飛び出そうなほど、緊張する。
豪華な花火は打ち上がり続ける。
一瞬、ボクの右手が好美さんの左手に触れてしまった。驚いたボクはすぐに引っ込める。
え?
好美さんは、ボクを見ないで花火を眺めたまま、そっと左手をボクの右手の甲に重ねてきた。そして、好美さんの頬と耳は真っ赤になっている。
どうしよう。
心臓が高鳴りすぎて、好美さんに聞かれてしまいそうだ。
もう、どうにでもなれ!
ボクは、思い切って右手の掌を返し、ギュッと手をつないだ。その時、一瞬お互いが見つめ合い、また花火を眺め続けた。
この手の感触。
間違いなく、好美さんは生きている。
神様、このまま時間を止めてほしい。ずっとこうして手をつないでいたい。ずっと一緒にいたい。
「……好美さん」
「何?」
夜空を見上げたまま、好美さんは返事をする。
「好美さんは、……幻なんかじゃないよね?」
何かの確証がほしくて、ボクは聞いてしまった。
「どうして?」
「いや、こうして隣にいるから、間違いないけど、……その幸せすぎて、不安になるっていうか、その……」
「私は、今、ここにいるよ」
「そうだよね」
「どうしても豊樹くんと再会したくて、七夕の日にここに来てよかった」
「いなくなったりしないよね? どこかに行ったりしないよね? ボクの隣にいてほしい」
「それ、告白?」
もう、自分の気持ちにウソはつけない。
「うん。好きだよ。小さい頃からずっと。これからもずっと」
「……私も、豊樹くんのこと、好き」
よかった!
「じゃあ、いなくなったりしないでほしい」
「どうしようかな」
え?
どうして約束してくれないんだ?
ウソだろ。
「豊樹くんは、10年後の七夕に再会する約束は守ってくれたけど、もう一つ約束が残ってるよ」
「好美さんのためにつくる『チャンス』って曲だよね?」
「うん」
「実は、もうある程度、できているよ。夏休み最後の日曜日に地元の野外ライブがあって、そこで初めて発表しようかなって思ってる」
「そのライブに私も行く」
「じゃあ、これからもまた会えるんだね?」
「うん」
「よかった」
「どんな曲?」
「秘密」
「えー! 少しだけ教えてよ」
「普段はプログラミングした楽曲が多いんだけど、今回は珍しく、アコースティックギター一本の弾き語りにしようかなって思ってるよ。だからアレンジはすごくシンプルだ」
「弾き語り! レトロでいいね」
「詳しい時間とか場所は、あとでSNSで送るよ」
「嬉しい。楽しみにしてる」
やがて、一際大きく盛大なフィナーレとなる花火が打ち上がり、夢の時間は終わった。
祭りの後の寂しさが覆う河川敷を抜けて、ボクは好美さんを駅まで送る。
生きていてほしい。
そして、ずっとボクと一緒にいてほしい。
こうして目の前に、いるんだから。
この手に残る、ぬくもり。
それがすべてだ。
確かなことは、それだけで十分だ。