「今日、偶然、同級生だった好美さんに会ったよ」
 夕食の時、母さんに今日好美さんと再会したことを報告した。「偶然」と、ウソをついたのは、昔に約束していたことを知られるのが恥ずかしかったからだ。
「好美さんって、まさか、あの森好美さんじゃないよね? でも、ほかに好美って名前の女の子は同級生にいないしねぇ……」
「いや、だから、森好美さんだよ。他に誰がいるやさ」
「豊樹が小さい時に引っ越していった、あの子のこと?」
「そうだよ」
 母さんは、不思議な顔をしている。

 ボクは、食卓に用意された好物のパスタを箸で持ち上げ、ラーメンをすするように食べる。昔からフォークとスプーンを使ってパスタを食べるのが苦手で、周りの人からからかわれてもボクは箸でしかパスタを食べない。
「豊樹はおかしなことを言うのね」
「何かおかしいの?」
 母さんは、いつものように器用にフォークでパスタを絡め取り、スプーンの上でクルクルと巻いて食べる。
 そういえば、今日も父さんは仕事で帰りが遅いのか。

「何年前だったかな。好美さんは、亡くなったじゃない。かわいそうなことだったけど……」
 驚いたボクは、パスタを喉に詰まらせ、咳き込んだ。慌ててコップに入ったお茶を流し込む。
「死んだ? まさか」
「母さん、あなたに言ったでしょ。あなたも酷く悲しがってたじゃない」
「え?」
 どんなに思い返しても、そんなことを聞いた記憶はない。
 ましてや、亡くなったのなら、ボクが知らないはずもない。
 どういうことだ?
 絶対、あれは好美さんだった。昔の話もしたし、面影もあったし、間違いない。

「きっと、よく似た別の人を見たのね」
 いや、間違いなく本人と喋ったけど……、などと言えなかった。
 じゃあ、あの人は、誰?
 そういえば連絡先を交換していた! ケータイで確認すると、SNSのアカウント名も「Yoshimi」になっている。
 ボクは騙されたのか?
 いや、でも、そんな悪い印象はまったくない。

「ご両親とお兄さんは今も、名古屋に住んでるみたいよ」
 そういえば……。
 好美さんはお父さんと車でやってきた。ボクは好美さんのお父さんを見たことがないけれど、あの運転席にいた人も、別人なのだろうか?

 その時、ボクのケータイが軽快なチャイム音を響かせた。SNSでメッセージを受信したようだ。
 ケータイを見ると、……「Yoshimi」さんからだ!
 え? どうしよう。
 ボクは詐欺か何かに騙されているのかな?
「もう! ご飯中はケータイを見ない約束でしょ」
「はーい」
 慌てて、ケータイをポケットに入れる。

「じゃあ、きっとボクは見間違えたんだね」
「そうね。生きていたらきっと、今頃かわいくなっていたでしょうに。気の毒ね」
 早くケータイが見たい。
 ボクは急いでパスタやサラダを平らげ、「ごちそうさま」と言って、自分の部屋に駆け込んだ。

 不思議と、ボクの中で恐怖心はない。
 あの好美さんのような人は、悪いことをするようには思えなかった。
 それに、何より幼かった頃に話したボクの夢を覚えていてくれたし、アナウンサーを目指しているところも、好美さんと合致する。

 思い切ってケータイを開き、SNSを立ち上げた。
 ────今日はありがとう。会えて嬉しかった。
 やっぱり、どう考えても、好美さんとしか思えない。
 ────ボクも会えて嬉しかった。また、会えるといいね。
 差し障りのない返事を送信した。すると、すぐにまたメッセージが入る。
 ────うん。SNSと動画投稿サイトで豊樹くんの曲、いっぱい聴いたよ。すごーい!

 やっぱり、ホンモノの好美さんにしか思えない。まさか、これがbotな訳ないと思う。じゃあ、……。
 ────ねえ、昔、好美さんが引っ越す日、あの河川敷でどんなことを話したか覚えてる?
 ホンモノだという証拠がほしい。疑いたくはないけど、信じすぎるのも危険だ。ボクは、本当に好美さんなのか、確認することにした。
 ────曲をつくってくれるっていう約束?
 ────そう。あの時、何という曲名にするって言ったっけ?
 この曲名を知っているのは、好美さんだけだ。好美さんがホンモノだったら、答えられるはず。
 ────ふふ。覚えてないの~? ええっと何だったかな? 10年も前の話だから、待ってね。今、思い出している。
 どうだろう? やっぱり別人なのか?
 ────「プレゼント」だったかな?
 違う。やっぱり、この人は好美さんじゃない! このままつながるのは危ないから逃げようか。
 SNSを強引に閉じようとした瞬間、さらにメッセージが入った。

 ────違った。やっと思い出した。「チャンス」だったね。
 
 そう!
 そのとおり。あの時約束した曲名は「チャンス」だ。
 ……やっぱり、ホンモノ! この人は間違いなく、好美さんだ。

 ────そうだったね。ありがとう。
 会いたくて仕方がなかった好美さんと、今、ボクは間違いなくつながっている。

 その後も、毎日、SNSでやり取りをするようになった。
 好美さんは、名古屋市内のS女子高校に通っているらしい。アナウンサーを目指して、高校では演劇部に入り、去年は朗読の大会で入賞したそうだ。
 その朗読の大会結果についてネットで調べたら、確かに入賞者リストの欄に「優秀賞 森好美」と書かれていた。

 そう、間違いない。
 好美さんは実在する。
 死んだなんて、絶対ウソだ。ボクは信じない。