────私は大きくなったら、テレビのアナウンサーになる。
 ────ボクはね、将来、ミュージシャンになるんだ。いつか、ボクのつくった曲、好美ちゃんに聴かせてあげる。もう曲名も決まってるんだ。その曲名は、……。
 ────ふふっ、楽しみ。でも、もう、豊樹くんと……しばらく会えないね。
 ────うん。淋しいよ。
 ────ねえ。10年後の今日、また、ここで会わない?
 ────10年後?
 ────そう。織姫と彦星みたいでいいでしょ? その時、今の話の続きをしようよ。
 ────10年後っていうと、ボクらは……高校生か。
 ────その頃、私たちはちゃんと夢に向かって、がんばってるかな。
 ────分かった。ボクは絶対、10年後の7月7日に、ここに来るよ! 絶対に絶対。
 ────約束ね。だから、……。
 ────だから?
 ────サヨナラは言わない。豊樹くん、またね!
 ────うん。またね! 約束だよー!

 あれは、ボクの初恋だった。
 夕暮れまで、よく二人で遊び夢を語り合った橋の下の河川敷。
 初恋相手の好美さんが名古屋に引っ越す朝、最後に会ったのもやっぱり、あの河川敷だった。
 出発が迫っていたから話す時間が少ししかなかったけれど、ボクはあの約束を心の支えにして、あの日、悲しい別れを受け入れたのだ。
 あの約束を、好美さんは今も覚えてくれているだろうか?

 あれは10年前の、7月7日。
 好美さんは当初、1学期が終わって夏休みに入ってから引っ越す予定だったが、お父さんの仕事の都合で前倒しとなり、偶然七夕の日に引っ越しとなった。
 当時、小学校2年生だったボクは時間が過ぎ、高校3年生になっている。
 あれ以来、ボクは好美さんに会っていないし、どこの高校に通っているのかも知らない。
 今も名古屋に家族と住んで、市内の高校に通っているのだろうか?

 あれから10年。
 ボクはというと、あの頃と同じようにJ-POPが大好きで、プロのミュージシャンを目指してライブやSNSで活動している。
 去年、高校生を対象にしたオーディションで最終選考まで残り、入賞はできなかったが、大手CDレーベルの担当者も付いてくれるようになった。このまま東京の大学に入って、学生の間に本格的に活動すれば、メジャーデビューできるかもしれない。

 最近のデビューするバンドやシンガーソングライターは高学歴ばかりだ。
 ボクがデビューするために今、必要なのは、音楽活動ではなく受験勉強だと、レーベルの担当者に言われている。
 ボクは、どうしてもこの受験で合格を掴み取らなければいけない。

 これまで現実の毎日は忙しかったし、刺激的なこともたくさんあったが、それでもボクは好美さんとの約束を忘れたことはなかった。
 好美さんは、どうだろうか?
 そして、今のボクを見て、どう思うだろうか?

 約束をした7月7日が日に日に迫り、とうとう前日となった。
 もう、忘れているかもしれない。
 来なかったら、ショックだが、……それも現実だ。何せ10年も前の話だから。
 それに、好美さんは今、もし付き合っているカレシがいたら、なおさらボクと会えないだろう。

 いよいよ、明日が、約束の日。
 来てくれるだろうか?
 時間の約束はしなかったから、放課後に行けばいいのかな。

 学校の帰りに一足先に約束の場所を訪れてみた。
 堤防沿いを自転車で進むと、やがて橋と交差する河川敷のスペースが見えてくる。
「懐かしい」
 思わず声を上げてしまった。
 橋のふもとに自転車を置いて、川へとつながるコンクリートの階段を下りていく。
 何も変わっていない。好美さんと遊んだ、あの頃のままだ。

 ここだ。
 ここに、ボクの大切な思い出か詰まっている。
 明日は、きっと、来てくれますように……。

 期待を胸に、ボクは帰った。