坂口を連れて、スタバに向かう。
 その道中、彼女が隣にいるのはひどくストレスだった。
 やっぱり連れてこなければよかった。
 嬉々とした表情、隣を歩く距離が近い、喋ればマシンガントーク。
 僕の問いはほぼ無視。
 こいつまじで人と喋れないんだなと実感する。
 なんだかいじめられても仕方ない気がしてきた。
 施設に入る直前、彼女は僕の袖を掴んだ。
「ちょっと待って。ここ?ほんとに入るの?」
 一人で入る人もいるし、別に躊躇うことじゃない。
「入るよ」
「え、やっぱ無理だよ。ここは流石に」
「じゃあ、美容院でも行けば?それか、メイク用品とか」
「……」
 ほれみろ。まただんまりだ。
「なんで、そう言うこと言うかな」
「はいはい。いくぞ」
 真波にそろそろ着くと連絡を送る。
 すぐにスタンプが返ってくる。
 やっぱ暇なのかな。
「ちょっと、やっぱり」
 躊躇う彼女に舌打ちをして腕を引っ張る。
 まるで、幼稚園に行きたくない園児のよう。
「ねぇ、痛い!強いって!」
「サッカー部なめんなよ。早く来いって。真波に会いたくないのか?」
「会いたいけど」
 力が緩んだ隙に強引に連れていく。
「都会に生まれたこと後悔しとけ」
「来世は田舎がいい」
 八階まで連れていくと、真波と目が合う。
 小さく手を振る彼女はまるで小動物のようで可愛らしい。
 背の低い女子はいいな。
「ねぇ!痛いんだけど!」
 坂口も背が小さいが、これはノーカウント。
「あ、真里奈。久しぶり」
 接客時と似たような笑み。営業スマイルとほとんど変わらないスタイルで接客しているのかと尊敬した。
 この人、接客プロだ。直感が働く。
 もし接客のバイトをする時は彼女を見習おう。
「久しぶり。ここで働くなんてすごいね。私には無理だよ」
 会ってすぐに、ネガティブなこと言うなんてすごいね、と言ってやりたかったがやめた。
 きっと、自虐で笑いを取ろうとしたのだと思う。
「そうかな。楽しいよ」
 失敗しているけれど。
「二駅離れただけなのに、都会な感じしますよね」
「大学生はここ来ないけどねぇ」
「大学生じゃないんですか?」
「専門学校通ってる。今一年」
「ちなみにどんな?」
「秘密?」
 不敵な笑みを浮かべる彼女。虜になりそうだ。
 ドンっと二の腕を叩かれたので、振り向くと坂口が睨んでいた。なぜだ。
「せっかくきてくれたし、奢らせてよ」
「いえ、自分で」
「いいの!?」
 坂口は、遠慮することを知らないらしい。
「いいよ。久々にあったわけだし。直人くんは?」
「どうして僕の名前を」
「LINEの名前にしてたじゃん」
「……確かに」
「ふふ。なにそれ、かわいい」
「あ、でも」
「いいの、誘ったの私だよ?」
 なんて言い返そうか悩む。しかし、ここは奢られておこう。次来る時のお金ができるわけだから。
 おいで、と手招きをされてレジに向かう。
 ぴょんぴょん歩く彼女。見惚れてしまう。
 また坂口に二の腕をドンッと叩かれたので、舌打ちした。今、いいところじゃないか。
 じゃあ、これをと指を差すと彼女は笑みを浮かべている。営業スマイルなのかどうか。
 それとも坂口とのやりとりに笑みを浮かべているのか。
 坂口とはそう言う関係じゃないし、ただ連れてきただけ。
 思いの外、ストレスだし、邪魔だからこれからは誘うことはないだろう。
 僕にも真波とキャッキャウフフが待っているかもしれないじゃないか。
 我ながら、汚い高校生だ。死刑でいい。
「甘党だよね。いっつもそれ」
「バレてるんですね、隠す気ないけど」
 真波は、いつも通りの営業スマイルを見せてくれる。
 誰にでもこの表情を見せるのなら、客はイチコロなんじゃないだろうか。
 スタバ二人分を会計してくれて、ドリンクを待つことになった。
「真波ちゃん、ボブじゃなくなってる」
「……ん?」
 ボソッとつぶやく坂口に僕は、視線を向けた。
 その視線に気づいた彼女は口を開く。
「私が中学生の頃までは、ボブカットだったから。変わったなぁって」
「髪、切る時間ないんじゃない?」
「女の子がそんなことでやめると思う?」
「気分転換とかあるでしょ。いちいち気にしてたら負け」
「とか言って、気になってるくせに」
「それ、自分のこと言ってるでしょ」
「バレた?」
 可愛くもないくせに、てへっと頭を叩くこいつをマジで叩きたくなった。
「じゃあさ、坂口のロングがボブに変わったら誰か気にすんの?」
「それは」
「気にしないでしょ。いちいち人の変化を勘繰ってたら嫌われるよ」
「……そうだよね」
 顔が暗くなっていくことに気づく。いじめられていることを忘れてしまっていた。
 彼女の気持ちを考えれば、触れるべきではなかったのかもしれない。
「いや、でも好きな人なら気になるでしょ」
「……」
 とんでもないカウンターを食らってしまって言い返す余地がない。
 少しでも彼女の気持ちを考えてしまった時間を返してほしい。
「ほら!」
「うるさいな。黙っとけ」
「図星なんだ。へー、バレたからツンツンしてんだー」
 教室とはまるで違う反応しやがって許せない。
 静かにしておけばいいものをなぜこうもうるさく突っかかるのか。
 そうこうしているうちに頼んだドリンクが出来上がった。
 いつも使うカウンターに近い席に座る。
 目の前には女子。普段、牧田を見ているせいで違和感がある。
 牧田が女子になれば解決なのではないだろうか。
「どうかした?」
「……メガネ、外さないの?」
「え?」
「さっき、メガネがずれたときに見えたんだよ。メガネない方が良くねって思ってさ」
「……」
「コンタクトとか」
「やめよ。そういうの。求めてない」
「……ごめん」
 自分が外見を気にするからと言って、坂口が気にしているとは限らない。
 それが、彼女を傷つけるならやめるべきか。
「私が、メガネ外しても、私にメリットがないよ」
「……」
 あまり理解ができず、次を促す。
「みんなが求めてるわけじゃない。私もそれを求めてない」
 彼女の心情の奥になにがあるのか気になる。
 全く見えてこない心の傷は、深いところで眠っているのだろうか。蓋をして、隠して、バレないように、話を逸らすように。
「僕は、よく求められるけど。顔とか性格とか。全部捻じ曲げてる」
 だから、坂口もそうしろなんて言うつもりはなくて。
「元から捻くれてそうなのに?」
「余計なこと言うなよ」
 茶化す彼女に笑って返す。
「もっと言いたいことがあるの?」
 そのくせ、真面目な顔で聞いてくるから。
「あるよ……」
 素直になってしまう。
「もっと言いたいね。お前は間違ってるとか、僕が正しいとか」
 女子に愛想よく話しかけるとか、求められた答えを返すとか。
 上下関係気にせず間違ってることは間違ってると言いたい。
 勝手に作られた優劣に従いたくなんかない。
「僕が、部活サボっていること知ってる?」
「……聞いちゃいけないと思ってた」
 どうやら、知っているらしい。
「部員はみんな、推薦で入った男子が新人選に選ばれると思ってた。でも、その枠に僕が入った。推薦じゃない僕が。そしたら、本番になってパスは回ってこないし、まるでいない人のように扱われた」
「……」
「先輩や顧問には求められたよ。強豪の名を背負って行けって。でも、チームは求めてくれなかった。みんながみんな求めてくれるわけじゃない」
 それは。
「坂口と一緒だよな。求められても、応えたいと思わない。応えてしまえば、誰かが角を立てて石を投げてくる。当てられた痛みに血が滲むなんて嫌だよな」
 辛い思いをしたいわけじゃないから。
 いつからか面倒を言い訳に、避けてしまう。目を逸らしてしまう。
 それが、いつの間にか当たり前になってしまう。
「とっくに怖くなってる。また戻った先で今まで通りに僕を演じられるのかどうか」
 伏せていた目を彼女に向ける。目が合うと恥ずかしくなって下を向く。
「演じてるだけだよ。誰もが関わりやすいような僕を、演じてる」
「やめないの……?」
「やめてるんだよ。部活に行ってないし、部長にはあんな態度だし。それでも牧田は関わってくるけれど」
「優しいんだね」
「優しいね、牧田」
「牧田もだけど」
「……」
「あなたも」
 目が合う。綺麗な瞳が僕を捉える。
「坂口だって、今のままでいいと思えるなら、そのままでいいと思う。変なこと言ってごめん」
 席を立つ。
 長く居座るつもりもないので、電車に向かう。
 坂口と家の最寄りまでは違うけれど、方面が同じなので同じ電車に乗る。
 彼女は僕の最寄りの三駅手前で降りるらしい。
 降りかけの彼女は僕にいう。
「今のままでいいなんて、全く思ってない」
 咳を立つ前に言った僕の言葉への答え。
「じゃあね」
 小さく手を振り電車から降りた彼女は、弱く見えた。
 素直に何かを口にするのは難しい。
 彼女が僕に本音を伝える必要なんてどこにもない。
 だけど、告げたその言葉は本心だと思う。
 なんだか胸が苦しかった。
 似たような環境の中、逃げることもできないあの空間で彼女はどんな思いを抱きながら生活しているのだろう。
 彼女の拠り所がオタク活動ならば、住処があるのならば、それで問題ないのだろうか。
 僕にはまだわからないことばかりだった。
 しかし、考えが纏まらないままその時はやってきた。
 もう後には戻れない出来事が訪れようとしていた。