いじめる相手というのはどうしてこれだけ弱いのか。
三木谷が主導となっていじめるため、本来、俺も三森も見ているだけ。
ただ、坂口相手は違った。
「なぁ、お前さ。いい加減そのうざったい感じどうにかならんの?」
ジョブを入れに行く三木谷。
次は殴るんだろうなと思うと見てられなかった。
「あのね、あんたのそういうところきもいの。こっから飛び降りて欲しいくらいなんだけどね」
三木谷に続いて三森は小窓を指差して怒りをあらわにする。
俺の部活の顧問である美園先生に教材室の鍵を借りているのだが、目の前にいる二人によっていじめの現場とかしている。
彼女がいじめられるようになったのは、三森の逆鱗に触れたからだった。
坂口が何を言ったのかはわからないが、デリカシーのない言葉に激昂したという。
新人戦あたりから三木谷は、怒りを人にぶつけるようになり、それを知っている三森が告げ口した。
そして、今こうして昼休みの教材室を使っていじめが行われているわけである。
このいじめを止めない俺もきっと共犯だろう。
それがどうしたというのか。
いじめられている人間の大半が親や先生に相談できない。
美園先生と仲がいい俺は、そんな問題を簡単に揉み消すこともできる。
あまりやりたくはないが、三森と三木谷はそれを望んでいる。
全く楽しそうに見えないいじめの現場。
少し席を外そうと外に出る。
何が楽しくて彼らと一緒にいるのか俺にはわからない。
ただ一人じゃないだけマシだと思っているのかもしれない。
うろちょろと廊下を歩き、階段を降りて、また廊下を歩く。
美園先生に会って、練習メニューを聞いておこうか。
職員室の隣にある生徒指導室。
少し開いていて、誰かが中にいるのが見える。
男子生徒と女性教師か。他学年の教師だった覚えがある。
昼休みにイチャイチャするなんて教師失格だなとため息をつく。
動画に収めて拡散してやろうかと思ったが、男子生徒の顔が見えないためやめた。
女性教師の顔だけ収めても楽しくない。
メリットがないというのに動画を拡散したってかえってリスクが大きくなったりする。
その場合、美園先生がいたとしても守り切ってくれないだろう。
無視を決め込み、職員室に入る。
美園先生は担任と仲良さげに話していた。この二人幼馴染なのかと思うほどに笑い合っていた。
「先生、練習メニュー聞きに来ました」
仲がいいから聞きに来ただけで、部長でもなんでもない。
あのいじめの現場なんて見てらんないから来たというのも正しい。
「お、相澤。お前、暇だから来たの間違いだろ?」
と、笑いながら言われてしまい曖昧な笑みを浮かべる。
「あぁ、でもちょうどいいや。そろそろ試合のメンバー決めようと思ってたから。二年の中から選ぶぞ、手伝え」
公平な判断ができるからと新人戦手前に呼び出しをくらって以降、仲良くなったことを今も覚えてる。
あの時は、心臓をバクバクさせながら何をやらかしてしまったのだろうと恐れていたのに、今となっては誰も使わない教材室で先生がタバコを吸って受動喫煙をしながらメンバー選びをしている。教材室に匂いがつくから小窓は開けているけれど。
しかし、今から選ぶということは教材室へ向かうということ。
坂口がいじめられている現場を目撃されたら流石にマイナス評価へと変わってしまう。庇うどこの話ではなくなる。
連絡を送って逃しておこう。
「美園先生、僕も行きますよ」
「あんまりうるさくないでくださいよ?」
数ヶ月ほど前から担任も美園先生と一緒になってタバコを吸っている。美園先生が担任にタバコを教えたらしい。
「わかってますって」
職員室を出ると視界の隅に三年の生徒が見えた。
チラッと目をやるとそれはサッカー部の部長だった。
どうしてそこで突っ立っているのか疑問に思う。
誰かを監視するような目つきの悪さ。彼の見ているその先は生徒指導室だけれど。
「相澤、早く行くぞ」
タバコを吸いたいだけの担任に呼ばれて歩を進める。
全く何がしたいのか見当もつかなかった。
教材室には誰もおらず、いじめは隠蔽できたわけだ。
あの二人に連絡しておいて正解だった。
連絡がなければ、罵詈雑言を浴びせていただろう。
三木谷のストレス発散相手にちょうどよかった坂口もこの先不登校になったら大ごとになりかねない。
もし担任が、何かあったのか問うてきたら答えようがない。
これ以上刺激のない相手を選ぶこともできない。
坂口にはこの先もいじめられる側でいてほしい。
三木谷は自分の苛立ちを人にぶつけるところがある。
三森以外のマネージャーにストレスをぶつけているところを見てしまい、このままではいけないと思った矢先の坂口だ。できるなら、このまま続けておいた方がいい。
しかし、三木谷はきっと坂口相手には飽きているだろう。
他の相手を探すといえど、あまり探したくないのが本音だ。
クラスメイトをこれ以上傷つけてどうする。
行事もあるし、面倒ごとを作って増やして更なる問題を発生させてはいけない。
あの幼稚な三木谷は、俺が先生と仲がいいということを知っているから手を出さないだけだ。
同じバスケ部に所属してスキルの差がある俺たち。
野放しにした方が危険だ。
ある日、毎度の如く坂口を連れ出すわけだけれど先客がいるようだった。
洋馬直人が、坂口と話している。
これでは三木谷は怒りをマネージャーにぶつける可能性がある。
元々は三森の逆鱗に触れた坂口だけれど、今となっては三木谷の道具に成り下がっている。
坂口の次は、洋馬である可能性を捨てきれなかった。
部活帰り俺たちは三人で帰路に着く。
そこにやってきたのは、牧田だった。
あまり関わりのない牧田がどうしてここにきたのだろうか。
「お、牧田じゃん、どうした?」
三木谷が声をかける。
意外にも彼と関係があるようで驚いた。
「いやぁ、それが坂口いるだろ。あいつ、洋馬と今日どっか出かけたらしいんだわ」
「は?なんで?」
突然何を言い出すのか。
このままでは三木谷の餌になるだけ。何を考えているのだろう。
そもそも牧田と洋馬は仲が良かったはずなのに。
「それが俺にもわかんねえんだわ」
「おい、相澤」
「勝手にしなよ」
三木谷が不敵な笑みを浮かべた。
これはまずいなと率直に思った。
「ねぇ、大丈夫なの?」
三森が小声で俺に聞く。
その手がさっきから俺のカバンに触れていることは気づいていたけれど、無視している。
彼女は俺が好きだと思う。実際、彼女からデートの誘いを受けることは何度かあった。
そのたびに断っていたけれど予定は一切なかった。
「大丈夫、だとは思わない」
「洋馬ってなんかいじめる相手じゃない気がするよ」
「同感。どっちかっていうと、三木谷と仲良くなれるタイプだろうに」
洋馬の部活事情を小耳に挟んだ時、三木谷と似ていると思った。
できれば、仲良くなるべきなんじゃないか。
「嫌な予感しかしないよ……」
「坂口みたいに太ったとかいうやつじゃないしなぁ」
「ちょっと」
ドスっと三森が叩いた。ぽっちゃりとした体つき、好きな人は好きなんだろう。俺も好きだ。
しかし、彼女はその言葉が嫌いだった。まるでデブだと言われた気分と憤慨していたのだから。それ以前は、坂口とも仲良くやっていたはずなのに、ちょっとした不用意な発言でここまで関係性は変わる。
坂口がいじめられっぱなしなのは、せめてもの謝罪だと思っておきたい。
もう十分だろうと思っていた俺にとって相手が変わることは問題なかった。
ただ、相手に問題がある。
洋馬はなんだかあまり刺激を与えてはいけない部類だと考えているからだ。それは、三森も一緒だ。
「何かあったらすぐ電話しなよ。まぁ、最悪なことが起こるとは思わないけどさ」
その考えが甘いなんて、この頃の俺たちでは気づけなかった。
三木谷が主導となっていじめるため、本来、俺も三森も見ているだけ。
ただ、坂口相手は違った。
「なぁ、お前さ。いい加減そのうざったい感じどうにかならんの?」
ジョブを入れに行く三木谷。
次は殴るんだろうなと思うと見てられなかった。
「あのね、あんたのそういうところきもいの。こっから飛び降りて欲しいくらいなんだけどね」
三木谷に続いて三森は小窓を指差して怒りをあらわにする。
俺の部活の顧問である美園先生に教材室の鍵を借りているのだが、目の前にいる二人によっていじめの現場とかしている。
彼女がいじめられるようになったのは、三森の逆鱗に触れたからだった。
坂口が何を言ったのかはわからないが、デリカシーのない言葉に激昂したという。
新人戦あたりから三木谷は、怒りを人にぶつけるようになり、それを知っている三森が告げ口した。
そして、今こうして昼休みの教材室を使っていじめが行われているわけである。
このいじめを止めない俺もきっと共犯だろう。
それがどうしたというのか。
いじめられている人間の大半が親や先生に相談できない。
美園先生と仲がいい俺は、そんな問題を簡単に揉み消すこともできる。
あまりやりたくはないが、三森と三木谷はそれを望んでいる。
全く楽しそうに見えないいじめの現場。
少し席を外そうと外に出る。
何が楽しくて彼らと一緒にいるのか俺にはわからない。
ただ一人じゃないだけマシだと思っているのかもしれない。
うろちょろと廊下を歩き、階段を降りて、また廊下を歩く。
美園先生に会って、練習メニューを聞いておこうか。
職員室の隣にある生徒指導室。
少し開いていて、誰かが中にいるのが見える。
男子生徒と女性教師か。他学年の教師だった覚えがある。
昼休みにイチャイチャするなんて教師失格だなとため息をつく。
動画に収めて拡散してやろうかと思ったが、男子生徒の顔が見えないためやめた。
女性教師の顔だけ収めても楽しくない。
メリットがないというのに動画を拡散したってかえってリスクが大きくなったりする。
その場合、美園先生がいたとしても守り切ってくれないだろう。
無視を決め込み、職員室に入る。
美園先生は担任と仲良さげに話していた。この二人幼馴染なのかと思うほどに笑い合っていた。
「先生、練習メニュー聞きに来ました」
仲がいいから聞きに来ただけで、部長でもなんでもない。
あのいじめの現場なんて見てらんないから来たというのも正しい。
「お、相澤。お前、暇だから来たの間違いだろ?」
と、笑いながら言われてしまい曖昧な笑みを浮かべる。
「あぁ、でもちょうどいいや。そろそろ試合のメンバー決めようと思ってたから。二年の中から選ぶぞ、手伝え」
公平な判断ができるからと新人戦手前に呼び出しをくらって以降、仲良くなったことを今も覚えてる。
あの時は、心臓をバクバクさせながら何をやらかしてしまったのだろうと恐れていたのに、今となっては誰も使わない教材室で先生がタバコを吸って受動喫煙をしながらメンバー選びをしている。教材室に匂いがつくから小窓は開けているけれど。
しかし、今から選ぶということは教材室へ向かうということ。
坂口がいじめられている現場を目撃されたら流石にマイナス評価へと変わってしまう。庇うどこの話ではなくなる。
連絡を送って逃しておこう。
「美園先生、僕も行きますよ」
「あんまりうるさくないでくださいよ?」
数ヶ月ほど前から担任も美園先生と一緒になってタバコを吸っている。美園先生が担任にタバコを教えたらしい。
「わかってますって」
職員室を出ると視界の隅に三年の生徒が見えた。
チラッと目をやるとそれはサッカー部の部長だった。
どうしてそこで突っ立っているのか疑問に思う。
誰かを監視するような目つきの悪さ。彼の見ているその先は生徒指導室だけれど。
「相澤、早く行くぞ」
タバコを吸いたいだけの担任に呼ばれて歩を進める。
全く何がしたいのか見当もつかなかった。
教材室には誰もおらず、いじめは隠蔽できたわけだ。
あの二人に連絡しておいて正解だった。
連絡がなければ、罵詈雑言を浴びせていただろう。
三木谷のストレス発散相手にちょうどよかった坂口もこの先不登校になったら大ごとになりかねない。
もし担任が、何かあったのか問うてきたら答えようがない。
これ以上刺激のない相手を選ぶこともできない。
坂口にはこの先もいじめられる側でいてほしい。
三木谷は自分の苛立ちを人にぶつけるところがある。
三森以外のマネージャーにストレスをぶつけているところを見てしまい、このままではいけないと思った矢先の坂口だ。できるなら、このまま続けておいた方がいい。
しかし、三木谷はきっと坂口相手には飽きているだろう。
他の相手を探すといえど、あまり探したくないのが本音だ。
クラスメイトをこれ以上傷つけてどうする。
行事もあるし、面倒ごとを作って増やして更なる問題を発生させてはいけない。
あの幼稚な三木谷は、俺が先生と仲がいいということを知っているから手を出さないだけだ。
同じバスケ部に所属してスキルの差がある俺たち。
野放しにした方が危険だ。
ある日、毎度の如く坂口を連れ出すわけだけれど先客がいるようだった。
洋馬直人が、坂口と話している。
これでは三木谷は怒りをマネージャーにぶつける可能性がある。
元々は三森の逆鱗に触れた坂口だけれど、今となっては三木谷の道具に成り下がっている。
坂口の次は、洋馬である可能性を捨てきれなかった。
部活帰り俺たちは三人で帰路に着く。
そこにやってきたのは、牧田だった。
あまり関わりのない牧田がどうしてここにきたのだろうか。
「お、牧田じゃん、どうした?」
三木谷が声をかける。
意外にも彼と関係があるようで驚いた。
「いやぁ、それが坂口いるだろ。あいつ、洋馬と今日どっか出かけたらしいんだわ」
「は?なんで?」
突然何を言い出すのか。
このままでは三木谷の餌になるだけ。何を考えているのだろう。
そもそも牧田と洋馬は仲が良かったはずなのに。
「それが俺にもわかんねえんだわ」
「おい、相澤」
「勝手にしなよ」
三木谷が不敵な笑みを浮かべた。
これはまずいなと率直に思った。
「ねぇ、大丈夫なの?」
三森が小声で俺に聞く。
その手がさっきから俺のカバンに触れていることは気づいていたけれど、無視している。
彼女は俺が好きだと思う。実際、彼女からデートの誘いを受けることは何度かあった。
そのたびに断っていたけれど予定は一切なかった。
「大丈夫、だとは思わない」
「洋馬ってなんかいじめる相手じゃない気がするよ」
「同感。どっちかっていうと、三木谷と仲良くなれるタイプだろうに」
洋馬の部活事情を小耳に挟んだ時、三木谷と似ていると思った。
できれば、仲良くなるべきなんじゃないか。
「嫌な予感しかしないよ……」
「坂口みたいに太ったとかいうやつじゃないしなぁ」
「ちょっと」
ドスっと三森が叩いた。ぽっちゃりとした体つき、好きな人は好きなんだろう。俺も好きだ。
しかし、彼女はその言葉が嫌いだった。まるでデブだと言われた気分と憤慨していたのだから。それ以前は、坂口とも仲良くやっていたはずなのに、ちょっとした不用意な発言でここまで関係性は変わる。
坂口がいじめられっぱなしなのは、せめてもの謝罪だと思っておきたい。
もう十分だろうと思っていた俺にとって相手が変わることは問題なかった。
ただ、相手に問題がある。
洋馬はなんだかあまり刺激を与えてはいけない部類だと考えているからだ。それは、三森も一緒だ。
「何かあったらすぐ電話しなよ。まぁ、最悪なことが起こるとは思わないけどさ」
その考えが甘いなんて、この頃の俺たちでは気づけなかった。