部屋に戻るなり、ケイリーを呼びつける。

「箱! 箱持ってきて!」
「箱でございますか?」

 怪訝な顔をするケイリーは、視線を俺の手元に注いでいる。両手でガッシリと掴んだ鳥を掲げて「これを入れる!」と説明してやれば、すべてを理解したらしい。

「……かしこまりました」

 一瞬だけ躊躇したケイリーであるが、すぐに用意のために部屋を出て行く。俺は、鳥が逃げないか気が気でない。

 はやくしろ、ケイリー。心の中で念を送るが、意味はない。鳥がジタバタし始める。足元では、ユナが『やめなよぉ、可哀想だよ』とうるさい。

「鳥! おまえはお喋りできるのか?」

 ムスッと黙る鳥を、睨みつけてやる。うんともすんとも言わない鳥に焦れた俺は、「鳥! 喋ってみろ!」と両手を上下にぶんぶん振ってみる。

『ピ!』

 抗議するかの如く鳴き始める鳥。それを見て、ユナが小さく震えている。

『ひぇ、こっわ。地獄じゃん。ボク猫でよかった。猫じゃないけど』

 ぶつぶつ言っているユナの相手をしている暇はない。「喋ってみろ!」と大声出したその時である。

『ざっけんなよ! このガキがよぉ!』

 キャンキャンと甲高い声が聞こえてきて、ぴたりと動きを止める。今の声は、ユナではない。鳥だ。鳥が喋った。

『こっちが黙っていればよぉ、調子に乗りやがって。やんのかコラ! おおん? 相手になるぞ、おらぁ』

 口わる。なんやこの鳥。
 先程まで、可哀想だと騒いでいたユナも、『え、ガラ悪ぅ』と若干引いている。

 威勢だけはよろしいチビ鳥は、ひとり騒がしい。こんなチビなのに。よくそんなデカい態度ができるものだな。おまえなんて俺の敵じゃないっていうのに。

『おう、チビちゃん。ちったぁおとなしくできないのかねぇ、えぇ? うちのオリビアにどんだけ迷惑かけりゃあ気が済むんだ』
「……焼き鳥にするぞ?」
『できるもんならやってみやがれ!』

 あんまり態度が悪いものだから、つい口から飛び出した物騒な言葉に、鳥が威勢よく噛みついてくる。ルルなんて可愛らしい名前のくせに、中身おっさんみたいな喋り方するな。

 しかし焼き鳥かぁ。

 なんだか前世で食べていたような気がする。香ばしい炭の匂いを思い出して、ぺろっと唇を舐める。途端に、鳥が静かになった。

『……冗談だぜ? チビちゃん。チビちゃんって呼び方が気に食わなかったのかい? いやぁ、すまないねぇ。オレ、気が荒いもんで』
「焼き鳥食べたい」
『ひぇ……!』

 殺される、と小さく震える鳥。ちょうど戻ってきたケイリーが、にやにやする俺と震える鳥を見比べて、少し迷うような素振りを見せた。だが、すぐに切り替えたらしい彼は、持ってきた鳥籠を差し出してくる。

 俺としては、お菓子の箱みたいな適当な物を想像していたのだが、予想に反してケイリーは木製の鳥籠を持ってきた。別に不都合はないので、そのまま受け取る。

 暴れる鳥と格闘しながら、頑張って鳥籠に押し込める。蓋を閉めれば、完璧だ。

「やった! 鳥捕まえた!」

 ぱちぱちと控えめに拍手をしてくるケイリー。ユナは露骨に引いている。一方の鳥は、バタバタと大暴れしている。

『なにしてくれてんの! ざっけんなよぉ!』

 お喋り好きな鳥は、ずっとひとりで喋っている。

 鳥籠を抱え込んで、次の行動を考える。どうやらオリビアは、このちっこい鳥経由で俺の行動を把握していたらしい。その鳥を捕まえた今、オリビアは俺の行動を把握できない。

 ちらりとケイリーに視線をやる。オリビアを封じたはいいが、こいつが残っている。この厄介な侍従も、撒かなければならない。

 思案したすえに、俺は鳥籠を持って立ち上がる。ケイリーは、比較的屋敷内では俺を自由にさせてくれる。おそらく他に仕事があるのだろう。自然な感じで立ち去れば、追いかけてはこないはず。

「じゃあね、ケイリー。俺は、この鳥をみんなに見せてくる」
「承知いたしました」

 にこりと微笑むケイリー。よっしゃあ。

 鳥籠を持って走る俺の後ろを、ユナが追いかけてくる。ケイリーはついてこない。

『誰に見せに行くの?』
「料理長」
『え』

 ちょうどいい。どうせこの鳥も、オリビアに見つからないようどこかへ隠しておかねばならない。

 厨房に駆け込んだ俺は、忙しそうにしていた料理長を呼び出す。

「料理長! 来て! 見て! はやく!」
「なんでしょうか、テオ様」

 すぐさま寄ってきた料理長は、四十代ほどの男性で、確か結婚して子供もいたはずである。溌剌とした男で、よく厨房内で大声出しているところを目にする。

 俺は、早速手にしていた鳥籠を掲げた。

『やめて! やめてください! オレが悪かった!』

 なにやら騒ぐちっこい鳥を確認した料理長は、困ったように目を瞬く。

「えっと、この魔獣が何か?」
「焼き鳥! 焼き鳥作って!」
『ひぇ……!』

 震える鳥に、顔色を悪くする料理長。足元では、ユナが『ボク知らないから』と他人事を装っている。

「えっと。魔獣を食べるのはちょっと」
「ダメ?」
「たぶん美味しくないと思いますよ」
「えー」

 美味しくない焼き鳥じゃあ、意味がない。俺は美味しい焼き鳥が食べたいのだ。
 じっと、籠の中の鳥を見下ろす。確かに変な色だし、口も悪いし、ちょっと不味そうだな。

「命拾いしたな、鳥」
『めっちゃ怖いんだけど、この子!』

 ピヨピヨうるさい鳥を抱えて、俺は厨房をあとにした。