「テオ様。こちらでよろしいでしょうか」
「うん!」

 さすがケイリー。仕事ができる。

 翌朝。約束通り、虫取り網を用意してくれたケイリーにお礼を言って、準備に取り掛かる。木製の持ち手部分を握ってみる。普通の虫取り網だ。これなら俺でも扱える。

 試しにぶんぶん振りまわしてみるが、さりげなくケイリーに邪魔されてしまう。室内で振りまわすなということだろう。

 朝食もすんで、暇になった俺は外へ飛び出した。
 この時間、オリビアは騎士団の訓練がある。ケイリーは、基本的には俺を野放しにしている。今がチャンスであった。

 虫取り網を片手に、庭に出た俺は網をぶんぶん振りまわす。呑気にお散歩していた猫の背後から振り下ろして捕獲すれば、『やめてよ』と言われてしまった。

 これで練習は完璧。いざ、勝負の時である。

 網を持って、空を見上げる。青空の下、ちっこい鳥がパタパタ飛んでいる。本日も、オリビアに命令されて俺の監視をしているらしい。緑と黄色が混じった変な模様のちっこい鳥を凝視する。

『……まさか』

 半眼になるユナが口を開く前に。俺はちっこい鳥目掛けて網を振り下ろした。

 ピピッと甲高い声で鳴いた鳥は、間一髪で逃げてしまった。だが、俺の監視という仕事があるため遠くへは行かない。チャンスはまだある。

「待て! 鳥!」

 網を掲げて追いかければ、ビビったらしい鳥がバタバタと羽ばたいて逃げまわる。

『やっぱり! やめなよ、可哀想だよ!』

 足元で邪魔してくるユナを避けながら、俺は頑張る。走って走って、走りまくる。虫取り網を振り下ろすことも忘れない。

「逃げるな!」
『いや逃げるに決まってるでしょ』

 うるさい猫を無視して、走りまわる。上ばかりを見て駆けていたため、前方に注意が向いていなかった。

「おっと!」

 なんだか驚いたような声が聞こえたと思った次の瞬間。目の前に飛び出してきた人影に、慌てて足を止めるが、勢いを殺せずつんのめってしまう。そんな俺を受け止めてくれた人影。

 見れば、うちの騎士である。名前は知らないが、見たことある顔だ。誰だっけ。

「前を見ないと、危ないですよ」

 爽やかに注意してくる騎士さんを見て思い出した。この男、確かうちの私営騎士団の副団長である。名前はやっぱり知らん。騎士に興味はないからな。

 茶髪に爽やかな笑顔。なかなかにモテそうな顔をしている。まぁ、オリビアの方がお綺麗な顔だけど。
 二十代後半くらいに見える副団長は、俺が握っている虫取り網を確認して、次に上でピヨピヨ言ってるちっこい鳥を視界に入れた。爽やか笑顔に、ヒビが入る。

「えっと、テオ様。一体なにを?」
「あの鳥を捕まえる」

 わかっているくせに質問してくる嫌な男は、俺の答えを聞くなり顔を引き攣らせた。

「あれは、オリビアの使い魔ですよ」
「知ってる。だから捕まえるの」

 ふんふんと網を振りまわすと、わかりやすく副団長が困惑する。どうやらやめろと言いたいらしい。誰がやめるものか。オリビアを見返すためには、あのちっこい鳥が邪魔なのだ。

 だが、鳥の方もちょっとは賢いらしい。微妙に俺の手が届かない位置でパタパタ飛んでいる。小賢しいところがオリビアそっくりだ。

「おりてこい、鳥! 卑怯だぞ!」

 背伸びして網を振るが、届かない。ちくしょう。

『もう諦めなよ、ご主人様』
「猫も見ていないで手伝え」
『無理だよ。なにを手伝うって言うんだよ』

 ままならない状況に、だんだんと腹が立ってくる。いまだに俺を困った目で見つめてくる副団長も邪魔である。さりげなく俺の前に移動して鳥捕獲作戦を妨害してくる副団長を、キッと力強く睨みつけてやった。

「テオ様。乱暴はいけませんよ」
「じゃあ、おまえが捕まえてこい!」

 早くしろと鳥を指差せば、副団長が「困ったな」と言いつつ頬を掻く。けれども無下にはできないと思ったのだろう。軽く手を上げてちっこい鳥に声をかける副団長。
 あの鳥、人間の言葉わかるのか? そういえば、ユナも猫のくせにお喋りしている。あの鳥もお喋りするのかもしれない。

「おいで、ルル」

 にこやかに、鳥に向かって声をかける副団長。あのちっこい鳥は、ルルという名前らしい。オリビアがつけたのだろう。
 悩むようにくるくる空を飛んでいたルルであるが、やがておそるおそるといった様子でおりてくる。

「ほら、こっちだよ」

 手を掲げる副団長。その手にちょこんと乗った鳥は、随分とおとなしい。

「どうぞ、テオ様」

 しゃがみ込んだ副団長が、俺の前に鳥を差し出してくる。虫取り網を手放して、俺は鳥をじっと見下ろす。緑と黄色が混じった変な色で、見た目はインコみたい。ちょうど両手で掴めそうなサイズ感である。

「……」
『ピャ!』

 両手でガシッと鳥を掴めば、驚いたような声が上がった。次いで、固まっていた副団長が目を見開く。

「ちょ、そんな乱暴な」

 逃げられないように、ぎゅっと鳥を握りしめる俺の両手を、なぜか引き剥がしにかかる副団長は「優しく! 優しく触らないと!」と大慌てしている。

 優しく?

 見れば、鳥がちょっと疲れた顔をしている。言われた通りに少しだけ力を緩めれば、副団長がやれやれと額を拭っていた。

「ありがと」

 とりあえず、目の前にいる副団長にお礼を述べておく。鳥を捕まえるという目的は達成した。あとは逃がさないようにするだけだ。

「テオ様。そろそろルルを放してあげては?」
『そうだ! そうだ!』

 だが、副団長が余計な口出しをしてくる。それに同調するユナも、俺の足元をうろうろし始める。

「いや」

 ふるふると首を左右に振って、拒否しておく。困ったように佇む副団長に背を向けて、俺は自室へと駆け戻った。