甘い物好きのオリビアのために、なんか甘そうな食べ物を探してみる。店がたくさん並んでいるため、目移りしてしまう。

 きょろきょろと落ち着きなく視線を彷徨わせていれば、「危ないですよ」とオリビアが手を繋いでくる。どうやら俺がふらふらと迷子になってしまうと思ったらしい。

 とりあえず、繋いだ手をぶんぶん振り回しておく。「やめてください」との小言が降ってくるが、無視である。

 そうして目をつけたのは、焼き菓子がたくさん売ってある店。いい匂いにつられて駆け出せば、俺に引っ張られたオリビアが「ちょっと! いきなり走らない」と眉間に皺を寄せてしまう。オリビアは、すぐにご機嫌ななめになってしまう気難しい奴なのだ。「はーい」と元気にお返事して、その場を乗り切る。

「甘い物が好きなんて。オリビアにも可愛いところあるね」

 いいと思うよ、と彼女を見上げれば、「悪かったですね。見た目に似合わない趣味で」という棘のある言葉が返ってきた。俺としては褒めたつもりだったのに、なぜ怒る。

 しかし、オリビアは性別ゆえに苦労していることを思い出した。彼女は、本当は王宮で近衛騎士になりたかったのだ。実力も十分と言われていたのに、女が近衛騎士になった前例はないというくだらない理由で、夢があっさり閉ざされてしまったのだ。

 オリビアは、ぱっと見だとイケメンお兄さんに見える。彼女と同じ年頃の女の子が、こぞって着るような綺麗なドレスを、彼女は着ない。堅苦しいのは苦手だと言っていたが、どうだろうか。

 オリビアはオリビアで、色々と考えているのだと思う。そういう時に、俺が無意識に悪気なく放つひと言が、もしかしたら彼女のことを傷付けているのかもしれない。

「……オリビアは、オリビアでいいと思うよ」
「はい?」

 怪訝な顔をするオリビアに、俺はへへっと笑う。

 オリビアはオリビアだ。どういう物が好きだろうと、どういう格好をしていようと、オリビアなのだ。

 だからそのままでいいと思うよと笑えば、オリビアは虚をつかれたような間抜けな表情をみせる。彼女のこういう不意をつかれたような表情は珍しい。

「俺これにする! オリビアは?」

 とりあえず一番大きい焼き菓子を指差せば、オリビアも慌てて商品へと視線を走らせる。

「じゃあ、私はこれで」
「俺にも半分ちょうだいね」
「テオ様はご自分の分があるでしょう」
「そっちも食べたい」
「またそんな我儘言って」

 ダメですよ、と注意をしてくるオリビアだが、その顔は楽しそうに笑っていた。





 広場の一角で買ったばかりの焼き菓子を食べる。エルドも、ちゃっかり自分の分を購入していた。

『ボクのは?』

 足元でうるさいユナにも、仕方なく分けてあげることにする。小さくちぎって差し出せば、『ケチだな。これだけなの?』と文句が聞こえてくる。

 灰色猫は、相変わらず生意気だ。
 そうしておやつタイムを満喫していれば、なんだか俺の方も満足してくる。

「で? 例のパン屋さんとやらはどうするんですか」

 オリビアが訊ねてくるが、実は結構どうでもよくなってきている。というか、今食べたばかりでお腹はいっぱい。パンと聞いても、あんまり興味をそそられない。美味しい物は食べられたし、それなりに歩き回って疲れた。心残りがあるとすれば、クレアに会いたいが。

 満腹になって、ついつい欠伸がこぼれる。

「眠いんですか?」

 小首を傾げるオリビアに、俺は「うーん?」と曖昧な返答をしておく。ここで眠いといえば「じゃあ帰りましょう」と言われるのが目に見えている。

 疲れはしたが、まだ屋敷に帰りたくはない。もう少し遊びたい。
 けれども欠伸は止まらない。目をごしごし擦れば、オリビアが屈んで抱っこしてくれた。

 そうしてひとりで奮闘していれば、オリビアが俺の背中を撫でてくる。余計に眠くなるからやめてほしい。『もう帰ろうよ』と、足元のユナがいらんことを言い始める。

「まだ遊ぶ!」

 眠気を吹き飛ばそうと大きな声を出してみるが、なんだか帰宅するような雰囲気を察してしまう。「みんなと合流しましょうか」と、エルドが首を伸ばして他の騎士たちを探し始める。

 オリビアが、無駄に俺のことを揺らしてくるせいで、意識が飛びそうになってしまう。

 まだ帰りたくないのに。
 そう思いつつも、俺はオリビアに抱えられたまま目を閉じてしまった。