クレアのパン屋さんを目指してスタスタ歩く俺は、いつになく張り切っていた。念願の美味しいパンだ。
「パン、パン、パーン」
楽しくて、うきうき進む俺の後ろをエルドとオリビアがついてくる。ジュースを飲んで、すっかり元気になった。ユナは、頑張って自分で歩いている。
俺が案内すると、先頭を急ぐ。
そうやって足取り軽く進んでいた俺であるが、なにやら後ろのエルドとオリビアが、こそこそと言い合っていることに気がついた。ひそひそ声で、俺に内緒のお話らしい。一体なんだろうか。オリビアの鋭い目線が、俺の背中に向けられているような気もする。俺、なんかした?
ちらりと視線を投げるが、ふたりは何やら真剣だ。気になって足を止めれば、ふたりもぴたりと立ち止まる。
「……なに?」
おずおずと見上げれば、オリビアとエルドが静かに顔を見合わせた。やがて、オリビアがこほんとわざとらしい咳払いをした。
「あの、テオ様」
「なんだ、オリビア」
「先程から同じところをぐるぐるしていますが。そのパン屋さんとやらはどちらに?」
「……あっち」
パン屋さんがあるであろう方角を指差せば、エルドが「やっぱり! なんか嫌な予感してたんだよ」と、天を仰いだ。オリビアもなんだか苦い顔だ。
「あちらは、ついさっき行きましたね」
「そうだっけ?」
どうやらあちらは違うらしいので、改めて周囲を見渡してみる。ふむ。まったく見覚えのない風景である。ここどこ?
あの時は、確かユナと一緒に裏路地をうろうろしていて、それで。えっと。なんかクレアと出会って、パン屋さんに入れてもらったのだ。うーん。あの路地はどこだっけな。
思えばあの時の俺は、迷子であった。出鱈目に歩いた先で偶然見つけたパン屋さんの場所なんて、当然ながら記憶に残っていない。
「……移転したのかも?」
「つまりどこにあるのか覚えていないんですね?」
半眼になるオリビア。へへっと笑って誤魔化してみるが、オリビアに笑顔は戻らない。
「あのね。クレアお姉さんのパン屋さん」
「店の名前は?」
「知らない」
まったく、と頭を抱えるオリビア。確かにクレアの名前だけわかっても、どうしようもないな。
「いくぞ、猫!」
オリビアの小言から逃げるように、ユナを抱えて走る。「あ、こら!」と、オリビアが追いかけてくる。楽しくなった俺は、ユナを抱きしめたままどんどん進む。
『おろしてよ。また疲れたとか言って騒ぐんでしょ』
「うるさいぞ、猫」
今度は大丈夫と気合いを入れるが、横から伸びてきた手がさっとユナを取り上げてしまう。視線を移せば、苦笑するエルドがいた。
「俺が持ちますよ」
「俺の猫なのに?」
「お任せください」
張り切るエルドは、なんだか得意そうな顔だ。もしかして、ずっとユナを抱っこしてみたかったのかもしれない。ユナはもふもふ猫だからね。触りたくなる気持ちはわかる。
「いいよ。じゃあちょっとだけ貸してあげる」
「ありがとうございます!」
俺は大人なので。こころよく貸してあげれば、エルドが嬉しそうにお礼を言ってきた。
「それで? そのパン屋はどうするんですか」
ほのぼのとした空気をぶち壊すように、少し苛立った声を発するオリビア。そんなに怒らなくてもいいのに。歩きながら探そうと提案してみるが、オリビアは「店の外観は覚えているんですか?」と質問してくる。
「うーん。覚えてない」
「何も覚えていないじゃないですか」
「だって、俺まだ七歳だもん」
色々やらかしても許される年齢である。
しかし、オリビアは冷たい。こんなに可愛い七歳児を相手にして、遠慮なく睨みつけてくる。物騒なお姉さんだ。
「あ! 俺、お腹すいたから何か食べたい」
空気を和ませようとして、楽しい提案をしてみせるが、オリビアの眉間の皺は消えてくれない。おかしい。美味しい物を食べれば、誰でもハッピーになれるというのに。
「パンは諦めるんですか?」
「だってまだ見つかんないし。見つけたら食べるけど。でも今なんか食べたい」
「夕飯入らなくなりますよ」
「大丈夫!」
甘い物が食べたいと手を上げれば、エルドはすぐさま「いいですね!」と乗ってきてくれる。やはりエルドは楽しいお兄さんだ。全力で付き合ってくれる。仏頂面のオリビアとは大違いだ。
「オリビアは? なに食べたい?」
怖い雰囲気に反して、オリビアは意外と甘い物が好きなことを、俺は知っている。にやにやと顔を見上げれば、彼女は「なんでもいいです」と素っ気ない。
「オリビアも甘い物好きでしょ」
「はいはい。好きですよ」
「やっぱり!?」
さりげなく、俺と手を繋いでくるオリビアは、俺が突然走り出して迷子になることを懸念しているらしい。子供扱いされているようで少々癪だが、たまにはこういうのも楽しいと思う。
テンション上がるままに、オリビアと繋いだ手をぶんぶんと勢いつけて振り回しておく。「やめてください」と、つれないオリビアであったが、やがてなんだか面白くなってきたのだろう。くすくす笑い始めた彼女に、俺の方も頬が緩んでしまった。
「パン、パン、パーン」
楽しくて、うきうき進む俺の後ろをエルドとオリビアがついてくる。ジュースを飲んで、すっかり元気になった。ユナは、頑張って自分で歩いている。
俺が案内すると、先頭を急ぐ。
そうやって足取り軽く進んでいた俺であるが、なにやら後ろのエルドとオリビアが、こそこそと言い合っていることに気がついた。ひそひそ声で、俺に内緒のお話らしい。一体なんだろうか。オリビアの鋭い目線が、俺の背中に向けられているような気もする。俺、なんかした?
ちらりと視線を投げるが、ふたりは何やら真剣だ。気になって足を止めれば、ふたりもぴたりと立ち止まる。
「……なに?」
おずおずと見上げれば、オリビアとエルドが静かに顔を見合わせた。やがて、オリビアがこほんとわざとらしい咳払いをした。
「あの、テオ様」
「なんだ、オリビア」
「先程から同じところをぐるぐるしていますが。そのパン屋さんとやらはどちらに?」
「……あっち」
パン屋さんがあるであろう方角を指差せば、エルドが「やっぱり! なんか嫌な予感してたんだよ」と、天を仰いだ。オリビアもなんだか苦い顔だ。
「あちらは、ついさっき行きましたね」
「そうだっけ?」
どうやらあちらは違うらしいので、改めて周囲を見渡してみる。ふむ。まったく見覚えのない風景である。ここどこ?
あの時は、確かユナと一緒に裏路地をうろうろしていて、それで。えっと。なんかクレアと出会って、パン屋さんに入れてもらったのだ。うーん。あの路地はどこだっけな。
思えばあの時の俺は、迷子であった。出鱈目に歩いた先で偶然見つけたパン屋さんの場所なんて、当然ながら記憶に残っていない。
「……移転したのかも?」
「つまりどこにあるのか覚えていないんですね?」
半眼になるオリビア。へへっと笑って誤魔化してみるが、オリビアに笑顔は戻らない。
「あのね。クレアお姉さんのパン屋さん」
「店の名前は?」
「知らない」
まったく、と頭を抱えるオリビア。確かにクレアの名前だけわかっても、どうしようもないな。
「いくぞ、猫!」
オリビアの小言から逃げるように、ユナを抱えて走る。「あ、こら!」と、オリビアが追いかけてくる。楽しくなった俺は、ユナを抱きしめたままどんどん進む。
『おろしてよ。また疲れたとか言って騒ぐんでしょ』
「うるさいぞ、猫」
今度は大丈夫と気合いを入れるが、横から伸びてきた手がさっとユナを取り上げてしまう。視線を移せば、苦笑するエルドがいた。
「俺が持ちますよ」
「俺の猫なのに?」
「お任せください」
張り切るエルドは、なんだか得意そうな顔だ。もしかして、ずっとユナを抱っこしてみたかったのかもしれない。ユナはもふもふ猫だからね。触りたくなる気持ちはわかる。
「いいよ。じゃあちょっとだけ貸してあげる」
「ありがとうございます!」
俺は大人なので。こころよく貸してあげれば、エルドが嬉しそうにお礼を言ってきた。
「それで? そのパン屋はどうするんですか」
ほのぼのとした空気をぶち壊すように、少し苛立った声を発するオリビア。そんなに怒らなくてもいいのに。歩きながら探そうと提案してみるが、オリビアは「店の外観は覚えているんですか?」と質問してくる。
「うーん。覚えてない」
「何も覚えていないじゃないですか」
「だって、俺まだ七歳だもん」
色々やらかしても許される年齢である。
しかし、オリビアは冷たい。こんなに可愛い七歳児を相手にして、遠慮なく睨みつけてくる。物騒なお姉さんだ。
「あ! 俺、お腹すいたから何か食べたい」
空気を和ませようとして、楽しい提案をしてみせるが、オリビアの眉間の皺は消えてくれない。おかしい。美味しい物を食べれば、誰でもハッピーになれるというのに。
「パンは諦めるんですか?」
「だってまだ見つかんないし。見つけたら食べるけど。でも今なんか食べたい」
「夕飯入らなくなりますよ」
「大丈夫!」
甘い物が食べたいと手を上げれば、エルドはすぐさま「いいですね!」と乗ってきてくれる。やはりエルドは楽しいお兄さんだ。全力で付き合ってくれる。仏頂面のオリビアとは大違いだ。
「オリビアは? なに食べたい?」
怖い雰囲気に反して、オリビアは意外と甘い物が好きなことを、俺は知っている。にやにやと顔を見上げれば、彼女は「なんでもいいです」と素っ気ない。
「オリビアも甘い物好きでしょ」
「はいはい。好きですよ」
「やっぱり!?」
さりげなく、俺と手を繋いでくるオリビアは、俺が突然走り出して迷子になることを懸念しているらしい。子供扱いされているようで少々癪だが、たまにはこういうのも楽しいと思う。
テンション上がるままに、オリビアと繋いだ手をぶんぶんと勢いつけて振り回しておく。「やめてください」と、つれないオリビアであったが、やがてなんだか面白くなってきたのだろう。くすくす笑い始めた彼女に、俺の方も頬が緩んでしまった。