「……もう疲れた。歩けない。オリビア、どうにかして」
「だから言ったのに」
苦い顔をするオリビアは、重いため息をつく。呆れたと言わんばかりの表情だ。
お出かけした俺は、うきうきと街までの道のりを進んでいた。その際、ユナが短い足で小走りに追いかけてくるのがなんだか哀れに感じた俺は、ユナを抱っこしてあげた。俺はできる飼い主なので。ペットにも常に目を光らせているのだ。
そうして意気揚々と歩いていたのも束の間。ユナは、意外と重かった。
普段からユナを抱えて屋敷内をうろうろしていたので大丈夫だと考えたのだが、何も大丈夫ではなかった。思えば、屋敷で俺がユナを抱えるのは、ほんのちょっとの時間である。ユナはいつも、俺の後ろをてくてくついてくる。
こんなに長時間、ユナを抱えて歩くのは初めてであった。徐々に下がる腕と、重くなる足。やがてピタリと歩みを止めた俺に、オリビアとエルドは「やっぱりな」という顔をしてみせた。
「ほら、ユナをおろしてあげてください」
オリビアに背中を撫でられたので、仕方なくユナをおろす。すたっと俺から離れるユナは、『こうなる予感はしてたよね』と言ってエルドの背中に隠れてしまう。なんで俺から逃げるの? なんだこの生意気ペット。
「なんかもう疲れた」
一旦休憩しようと、地面にべたっと腰を下ろす。両足を前に投げ出して座る俺に、エルドが「あらら」と手を伸ばしてくる。
「お尻汚れちゃいますよ」
「いいよ。気にしない」
俺はそこまで潔癖ではない。だが、オリビアが「誰が洗濯すると思っているんですか」と、不機嫌になる。少なくともおまえではないだろ。なんでオリビアが怒るんだよ。
立ってくださいと腕を引かれるが、俺は疲れていてそれどころではない。今度は地面に寝そべろうと後ろに手をつくが、慌てたエルドが邪魔してくる。「地面に寝るのはちょっと」と、控えめに苦言も呈してくる。
「はやくしないと日が暮れますよ」
呆れたように手を差し伸べてくるオリビアには悪いが、もう一歩も動けない。すべては予想以上に重かったユナのせいだ。
「猫! 俺に謝れ!」
『なんでだよ。そっちが勝手に抱っこしてきたんだろ』
ボクは頼んでないよ、とそっぽを向くユナは、エルドの背後から言い返してくる。だから、なんでエルドを盾にするんだよ。腹の立ってくる振る舞いに、静かに拳を振り上げる。すかさずオリビアに睨まれてしまった。
だが、いつまでも地面に座っているわけにもいかない。オリビアの言う通り、時間がもったいない。はやく街に行って、色々と食べ歩きしないといけないのだ。
しかし、焦る気持ちとは裏腹に、体は動いてくれない。猫が重くてすごく疲れた。七歳児の体力は、すぐに底をついてしまう。
ふうっと息を吐き出すが、歩けそうにない。仕方がないので、座ったまま「ん」と、両手を広げてみせる。
「なんですか」
「オリビア。抱っこして」
「はぁ?」
ぐっと眉間に皺を寄せたオリビアに、横のエルドが大慌てする。
「俺が抱っこしますよ!」
素晴らしい提案をしてくるエルドに向かって手を伸ばすが、オリビアは嫌そうな顔だ。なんで彼女が渋るのか。意味がわからない。
「いいよ。甘やかさないで」
俺の保護者っぽい発言をするオリビアは、腕を組んで冷たい目だ。オリビアは、エルドよりも年下のくせに、エルド相手にちょっと偉そうな態度をとる。おそらく、オリビアが元々王立騎士団所属であることが関係している。彼女は、一時期は近衛騎士になるのではと噂されていたほどの実力者だ。結局は、女が近衛騎士になった前例はないということで叶わなかったらしいのだが。
そんな関係で、オリビアはうちの騎士団でなんだか偉そうな立場にいる。オリビアとエルド、一体どちらが偉いのか、よくわからない。
俺を甘やかすなと、ふざけたことを言い出すオリビアに、俺は拳を握りしめる。
「抱っこして! もう歩けない!」
大声で抱っこしろアピールをしてやるが、オリビアは「そんな大声出せる元気があるなら、ご自分で歩けますよね」と冷たい。
「歩けないぃ! もうっ! 俺ここに住んでやる!」
「ご自由にどうぞ」
ままならない状況に、ジタバタと暴れてやる。だがすぐに体力が限界を迎えて、ピタリと動きを止める。
「オリビアぁ。抱っこして」
お礼に、帰ったらポメちゃんを触らせてあげてもいい。もう歩けないとシクシク目元を触れば、オリビアが大きくため息をついた。
「テオ様がユナを抱っこすると言ったんでしょう」
「そうだけど。無理だった」
しょんぼり肩を落とす俺の横に、オリビアが膝をつく。
「今回だけですよ」
素っ気なく言い放つオリビアに、俺は目を輝かせる。
「うん。ありがと、オリビア」
「まったく」
やれやれと肩をすくめるオリビアは、文句を言いながらも俺のことを優しく抱っこしてくれた。ユナは自分で歩けると言って、エルドの抱っこを拒否している。
「はい。じゃあ行きましょうか」
日が暮れるといけませんからね、と小さく笑うオリビアの首に手をまわす。
なんだかんだいって優しいな。さすがオリビア。
「だから言ったのに」
苦い顔をするオリビアは、重いため息をつく。呆れたと言わんばかりの表情だ。
お出かけした俺は、うきうきと街までの道のりを進んでいた。その際、ユナが短い足で小走りに追いかけてくるのがなんだか哀れに感じた俺は、ユナを抱っこしてあげた。俺はできる飼い主なので。ペットにも常に目を光らせているのだ。
そうして意気揚々と歩いていたのも束の間。ユナは、意外と重かった。
普段からユナを抱えて屋敷内をうろうろしていたので大丈夫だと考えたのだが、何も大丈夫ではなかった。思えば、屋敷で俺がユナを抱えるのは、ほんのちょっとの時間である。ユナはいつも、俺の後ろをてくてくついてくる。
こんなに長時間、ユナを抱えて歩くのは初めてであった。徐々に下がる腕と、重くなる足。やがてピタリと歩みを止めた俺に、オリビアとエルドは「やっぱりな」という顔をしてみせた。
「ほら、ユナをおろしてあげてください」
オリビアに背中を撫でられたので、仕方なくユナをおろす。すたっと俺から離れるユナは、『こうなる予感はしてたよね』と言ってエルドの背中に隠れてしまう。なんで俺から逃げるの? なんだこの生意気ペット。
「なんかもう疲れた」
一旦休憩しようと、地面にべたっと腰を下ろす。両足を前に投げ出して座る俺に、エルドが「あらら」と手を伸ばしてくる。
「お尻汚れちゃいますよ」
「いいよ。気にしない」
俺はそこまで潔癖ではない。だが、オリビアが「誰が洗濯すると思っているんですか」と、不機嫌になる。少なくともおまえではないだろ。なんでオリビアが怒るんだよ。
立ってくださいと腕を引かれるが、俺は疲れていてそれどころではない。今度は地面に寝そべろうと後ろに手をつくが、慌てたエルドが邪魔してくる。「地面に寝るのはちょっと」と、控えめに苦言も呈してくる。
「はやくしないと日が暮れますよ」
呆れたように手を差し伸べてくるオリビアには悪いが、もう一歩も動けない。すべては予想以上に重かったユナのせいだ。
「猫! 俺に謝れ!」
『なんでだよ。そっちが勝手に抱っこしてきたんだろ』
ボクは頼んでないよ、とそっぽを向くユナは、エルドの背後から言い返してくる。だから、なんでエルドを盾にするんだよ。腹の立ってくる振る舞いに、静かに拳を振り上げる。すかさずオリビアに睨まれてしまった。
だが、いつまでも地面に座っているわけにもいかない。オリビアの言う通り、時間がもったいない。はやく街に行って、色々と食べ歩きしないといけないのだ。
しかし、焦る気持ちとは裏腹に、体は動いてくれない。猫が重くてすごく疲れた。七歳児の体力は、すぐに底をついてしまう。
ふうっと息を吐き出すが、歩けそうにない。仕方がないので、座ったまま「ん」と、両手を広げてみせる。
「なんですか」
「オリビア。抱っこして」
「はぁ?」
ぐっと眉間に皺を寄せたオリビアに、横のエルドが大慌てする。
「俺が抱っこしますよ!」
素晴らしい提案をしてくるエルドに向かって手を伸ばすが、オリビアは嫌そうな顔だ。なんで彼女が渋るのか。意味がわからない。
「いいよ。甘やかさないで」
俺の保護者っぽい発言をするオリビアは、腕を組んで冷たい目だ。オリビアは、エルドよりも年下のくせに、エルド相手にちょっと偉そうな態度をとる。おそらく、オリビアが元々王立騎士団所属であることが関係している。彼女は、一時期は近衛騎士になるのではと噂されていたほどの実力者だ。結局は、女が近衛騎士になった前例はないということで叶わなかったらしいのだが。
そんな関係で、オリビアはうちの騎士団でなんだか偉そうな立場にいる。オリビアとエルド、一体どちらが偉いのか、よくわからない。
俺を甘やかすなと、ふざけたことを言い出すオリビアに、俺は拳を握りしめる。
「抱っこして! もう歩けない!」
大声で抱っこしろアピールをしてやるが、オリビアは「そんな大声出せる元気があるなら、ご自分で歩けますよね」と冷たい。
「歩けないぃ! もうっ! 俺ここに住んでやる!」
「ご自由にどうぞ」
ままならない状況に、ジタバタと暴れてやる。だがすぐに体力が限界を迎えて、ピタリと動きを止める。
「オリビアぁ。抱っこして」
お礼に、帰ったらポメちゃんを触らせてあげてもいい。もう歩けないとシクシク目元を触れば、オリビアが大きくため息をついた。
「テオ様がユナを抱っこすると言ったんでしょう」
「そうだけど。無理だった」
しょんぼり肩を落とす俺の横に、オリビアが膝をつく。
「今回だけですよ」
素っ気なく言い放つオリビアに、俺は目を輝かせる。
「うん。ありがと、オリビア」
「まったく」
やれやれと肩をすくめるオリビアは、文句を言いながらも俺のことを優しく抱っこしてくれた。ユナは自分で歩けると言って、エルドの抱っこを拒否している。
「はい。じゃあ行きましょうか」
日が暮れるといけませんからね、と小さく笑うオリビアの首に手をまわす。
なんだかんだいって優しいな。さすがオリビア。