「お出かけ! お出かけ!」
「落ち着いてください」

 落ち着けるか。
 俺は今、すごくわくわくしていた。

 前々から兄上にお願いしていたお出かけがついに実現した。唐突に俺を呼び出した兄上は、俺の目をしっかり覗き込んで「オリビアたちの言うことに従うように」と釘を刺してきた。それくらいお安いごようである。こくこく頷けば、兄上はオリビアにも「テオのことを頼んだぞ」と言葉をかけていた。

 馬車を用意する騎士たちの周りをうろうろする。「邪魔をしない」と、オリビアが俺の首根っこを掴んでくる。楽しみすぎて、じっとしていられない。

「ポメちゃんも連れて行く」
「無理ですよ」
「ポメちゃん、おとなしい」
「おとなしいのは知っていますが。そもそもあれは外に出ないでしょう」

 確かに。ポメちゃんは極度の面倒くさがりである。仮に俺がお出かけしようと誘っても、『嫌だよ。部屋で寝てる方が快適だよ』とか言うに決まっていた。

 ポメちゃんは諦めて、ユナを連れて行くことにした。早速、大きめバッグに詰め込もうとしたのだが、眉を吊り上げたオリビアに止められてしまった。

「ユナが可哀想でしょ!」

 腰に手を当てて、頭ごなしに怒鳴りつけてくるオリビアは怖かった。ふるふると震える俺。

「でも猫もお出かけ行きたいって言ってる」

 弱々しく言い返せば、オリビアは呆れたと言わんばかりにため息を吐いた。

「それなら普通に連れて行けばいいでしょう。なんでバッグに詰め込もうとするんですか」
「……たしかに」

 今回は内緒のお出かけではないのだから、堂々と連れて行けばいいのか。オリビアも、たまには良いことを言うな。「よかったな、猫」と足元で震えるユナを見下ろせば、『オリビア、助かったよぉ。ありがとう』と、なぜかオリビアに感謝していた。

 そんなこんなで準備は整った。

 ユナと一緒に馬車に乗り込む俺。その後から、オリビアも当然のような顔で乗り込んできた。

「オリビアは馬じゃないの?」
「私には、テオ様のお世話という大事な仕事があるので」
「ふーん?」

 俺のお世話は、どちらかといえばケイリーの仕事だ。そのケイリーは、今回のお出かけには同行しない。あいつは俺の侍従なのに。俺の側には滅多に居ない。一体どういうことだろうか。しかし、騎士ではないケイリーがお出かけに同行したところで、たいして役には立たないだろう。

 向かいに腰掛けたオリビアは、腕を組んで黙っている。鋭い目つきで、小窓から外を観察している。何か面白いものでも見えるのかなと、俺も窓の外を覗いてみる。「危ないですよ」と、オリビアはちょっと苦い顔。特に珍しいものはない。馬車の周りを取り囲む護衛の騎士たちと馬が見えるだけ。オリビアは、馬に乗るのが好きだ。きっと馬車ではなく、ひとりで馬に乗りたいのだろう。

 お出かけには、副団長であるデリックが同行する。バージル団長はお留守番だ。屋敷にはフレッド兄上も居るから、屋敷の警備を疎かにするわけにはいかないのだ。

 デリック副団長は、あまり口うるさくないので気楽だ。バージル団長はちょっぴり怖い。

「オリビア。楽しみだね」

 わくわくと言葉を投げれば、彼女は「そうですね」と微笑んだ。なんだかんだいって、お出かけは楽しいのだろう。心なしか表情が明るい。

 肩にかけていた小さいバッグをあさって、こっそり忍ばせていたクッキーを取り出す。

「なんでそんなものを」
「お出かけにはお菓子が必要」

 気分はちょっとした遠足だ。オリビアにも一枚差し出せば、「これ、どこから持って来たんですか」と疑いの目を向けられてしまった。

「調理長に作ってもらった」
「また勝手にそんなことして」

 うちの調理長は、すごく優しい。俺が頼めば、こころよくお菓子を用意してくれる。

 今日だって、お出かけするからお菓子ちょうだいとお願いしたところ、朝からクッキーを焼いてくれた。肩をすくめつつも受け取ったオリビアは、クッキーを口に入れる。俺も負けじとモグモグする。

「おいしいね、オリビア」
「美味しいですね」

 甘いクッキーを頬張って、オリビアも上機嫌だ。ユナが『ボクにもちょうだい』と短い前足を伸ばしてくるので、ユナにも一枚あげる。

 クッキーはまだたくさんあるが、今から街で食べ歩きする予定だ。クレアのパン屋さんにも行かなければならない。

 残りのクッキーを再びバッグにしまって、外を見る。

「クッキー。ついてますよ」

 くすくす笑いながら、オリビアがハンカチで俺の口元を拭ってくれた。へへっと笑う俺は、とても楽しい気分であった。