「つまんない! もう飽きた! 外行こう!」
「……続けていいですか?」
「よくない!」

 マシュー先生から逃げても、オリビアに捕まってしまう。オリビアには勝てないので、俺は真っ向からマシュー先生と戦うことにした。幸い、マシュー先生は態度が冷たいだけで手は出してこない。俺の首根っこを遠慮なく掴んでくるオリビアとは違い、おとなしそうな人だ。部屋に引きこもっていそうな見た目をしている。

「もう飽きたぁ! 外で魔法使う! そっちの方が絶対に楽しいよ」
「ダメですよ。まずは座学だと何度も言っていますよね」
「いーやー」

 冷たいマシュー先生は、淡々と授業を進めようとしてくる。それに対抗するべく、俺は必死にバタバタしていた。正直、魔法の歴史やなにやらに興味がない。俺は異世界っぽく派手に魔法を使いこなせればそれでいい。ポメちゃんとお散歩できれば、現時点では満足だ。

 椅子から立ち上がって、床でのんびりしているポメちゃんにしがみつく。『重い、やめて』と呻くやる気なしポメラニアンの毛を掴んで、マシュー先生に抵抗する。『いててて、痛いって』というむにゃむにゃ声が聞こえてくるが、全力で無視をした。ポメちゃんは、とことんやる気がない。魔法の先生がやって来たのに、警戒心の欠片もない。今までどうやって生きていたのだろうか。

 ポメちゃんを初めて見た時、マシュー先生は少しだけ驚いたように目を見開いていた。七歳児がこんな大きな魔獣と契約するなんて、到底信じられないといった雰囲気であった。

 得意になった俺は、すかさずポメちゃんを自慢した。ふわふわ巨大毛玉は、すやすや寝ていた。

 ポメちゃんがやる気なしポメラニアンだと判明してから、マシュー先生は「まぁ、おとなしい魔獣なら別に」と呟いたきりポメちゃんを見もしない。そんな露骨に興味を失わなくてもいいのに。触っていいよ、と袖を引くが、「お構いなく」というひと言で流されてしまう。俺は全力でお構いしたい。

 ついでに魔獣のユナも紹介した。小さい猫のユナを見下ろしたマシュー先生は「初心者でも使役できる下級魔獣ですね」と吐き捨てた。

 ユナが『なんだと! もう一回言ってみろ!』と毛を逆立てていた。ユナは正真正銘の下級魔獣なのに。一体なにをそんなに怒っているのだろうか。多分、マシュー先生の冷たい目が気に入らなかったんだと思う。そうだよね。マシュー先生は、ちょっと冷た過ぎるよね。柔らかい言葉遣いをした方がいいと思う。無意味に敵をつくっていそうだ。

「先生ぇ、ポメちゃんとお散歩しよー」
「ダメです」
「じゃあユナもつけるからぁ」
「魔獣の数の問題ではありません。ダメなものはダメです。今は授業の時間です」
「ケチぃ」

 つんと澄ましたマシュー先生は、見た目もちょっと冷たい。綺麗な黒髪黒目。鋭い目つきに整った顔立ち。これでニコニコ笑顔なら、優しいお兄さんに見えるのに。現実のマシュー先生は、ムスッと唇を引き結んで、こっちを見下ろすような目と、近寄り難い雰囲気だ。

 街ですれ違っても、絶対に声をかけようとは思わないタイプだ。たとえ俺が迷子になったとしても、この鋭い雰囲気の危ないお兄さんに助けを求めようとは考えないだろう。むしろ警戒する。それくらい愛想のない先生であった。

「マシュー先生は、愛想がない。おまけに子供嫌い」
「私の悪口を述べている暇があるのであれば、勉強しましょうね」

 ギロッと睨まれて、首をすくめる。怒った時のオリビアそっくりの表情だ。いや、オリビアの方がマシかも。

 彼女は怒ると怖いけど、俺と手を繋いでくれる。優しさも持ち合わせているのだ。だが、マシュー先生に優しさはない。淡々としている。

 目線で促されて、渋々椅子に座る。教科書を開くマシュー先生は機械的に授業を再開する。暇で暇で仕方がない。いまだかつて、こんなに退屈な時間があっただろうか。これならフレッド兄上の話し相手になる方がマシである。

「先生は、ポメちゃんの新しい名前なにがいいと思う?」
「真面目に聞きなさい」

 反射的に文句を言ったマシュー先生は、「名前を変えるおつもりですか?」と首を捻っている。

「ううん。ポメちゃんはポメちゃん。でもさぁ。もしお名前変えるならなにがいいと思う?」
「そういう無意味な仮定話は時間の無駄です」

 雑談というものを知らないのか?

 真面目なマシュー先生は、俺の些細な言葉にも生真面目な返答を寄越してくる。面白味のない先生だ。

「先生ぇ、もう飽きたぁ」
「飽きたからといって、授業は終わりませんよ」

 その後も、マシュー先生は淡々と授業を進めた。俺はすごく暇だった。