「魔法の勉強をしたいと言ったのはテオ様ですよね」

 鋭い目で俺を見下ろしてくるオリビアに、俺はふるふると首を左右に振る。俺は勉強したいなんて言っていない。正確には、バージル団長が「魔法の勉強をした方がよろしいですね」と言っただけだ。言い出しっぺはバージル団長である。断じて、俺ではない。

 俺は今、新しい家庭教師から逃げ出してきたところであった。

 魔法の勉強と聞いて、俺はすごくわくわくした。異世界っぽくて非常によろしいと思う。そうして魔法学の先生をテンション高めに出迎えたところまではよかった。問題はその後である。

 てっきりばんばん魔法を使ってみるような授業を想像していた俺。

 だが、予想に反して家庭教師を名乗った男は「まずは座学から」とかふざけたことを言い出した。座学ってなに。普通に嫌なんですが?

 実技がいいと駄々をこねてみたのだが、先生は涼しい顔で流してしまった。そうして無理やり始まった魔法の勉強は、想像と違ってまったく楽しくなかった。先生が小難しい解説を一方的にしてくる。魔法の仕組みとか歴史とか。俺にとっては、どうでもいいことばかり。聞いているこっちは眠くなる。ぼんやりしていると怒られる。質問に答えられないと怒られる。全然楽しくない。

 しかも先生はずっと無表情である。ちょっとは笑えよ。それが七歳児に対する態度かよ。泣くぞ?

 試しに「ふぇ」と嘘泣きしてみたが、先生は無表情だった。感情がないの? こんなに可愛い七歳児が泣いているんだぞ? 少しは狼狽えるくらいしてみろよ。これが俺の両親だったら大慌てで慰めにくるぞ。なんせ俺は可愛い末っ子なので。

 そんなこんなで愛想のない先生と、一向に面白くない授業に嫌気のさした俺は、全力で逃げてきた。

 先生が俺から気を逸らした一瞬の隙を狙って、勢いよく部屋を飛び出した。先生がなにやら怒鳴っていたが、気にしない。
 そのままひとり寂しく庭を駆け回っていたのだが、あっさりとオリビアに捕まったというわけである。

 どうやらルルが告げ口したらしい。あのちっこい鳥め。いまだに俺の監視をしているのか。嫌な鳥だな。監視するなら堂々と俺のことを見張ればいいのに。物陰に隠れてこっそり見守るなんて卑怯だと思う。俺と遊べ。

「マシュー先生を困らせない!」
「俺、悪くないもん。つまんない授業する先生が悪い」
「またそういう事を言って!」

 だって事実だもん。
 すっごいつまんなかった。欠片も面白くなかった。オリビアも実際に聞いてみるといい。秒で眠くなるぞ。

 あとマシュー先生が冷たすぎる。俺が魔法で契約したでっかいポメラニアンを自慢したのに「そうですか」というひと言で会話を終わらせてしまった。

 そうですかってなに? もっと言うことあるだろ。俺七歳だぞ。もっと俺を褒めろ。

「マシュー先生は、子供に対して冷たすぎる。俺は心が折れてしまった」
「まだほんのちょっと顔を合わせたくらいで、一体なにを言っているんですか」

 初日にして心が折れた。もう無理だと思う。

「魔法の勉強は別にいいかな。ポメちゃんがいるからもういいと思う」
「よくありません。ろくに勉強もせずに魔法なんて使うものじゃありません! まずは基礎を理解しないと」
「いーやー」

 ギロッと睨まれて、びくりと肩を揺らした。たらたらと冷や汗を流す俺に、オリビアは容赦がない。こいつは怒らせると怖いんだった。

 固まる俺を勝手に抱っこしたオリビアは、そのまま屋敷に足を向ける。これでは、また勉強に逆戻りである。

「オリビアぁ」
「……なんですか」

 ちょっと冷たい態度のオリビアの首に、手を回しておく。スタスタ歩く彼女は、どうやら訓練を抜け出して俺を捕まえにきたらしい。不機嫌なのは、大好きな訓練を邪魔されたからだろう。脳筋め。

「オリビアも俺と一緒に勉強しようよ。俺ひとりは寂しい」
「マシュー先生がいるでしょう」
「マシュー先生は冷たいもん。愛想がないね」

 あの人は、俺が元気に話しかけても、にこりともしない。まだ出会って数十分しか経っていないが、苦手な部類の人だとわかる。俺とは合わない。

 どうせなら、エルドみたいに気さくな先生がよかった。はぁっとため息つく俺を抱えたまま、オリビアは黙々と足を進めた。