「ポメちゃん、楽しい?」
『自分はあんまり』
「そう? 俺はすっごく楽しい!」
『へー、それはよかった』
「ポメちゃんも楽しいだろ?」
『いやだから。あんまり』

 なんだか棒読みのポメちゃんは、のそのそと庭を歩く。肩を落として、威厳なんて皆無の情けない歩き方だ。すごく弱そう。

 ようやくポメちゃんを庭に出すことに成功した。ここまで長かった。すごく苦労した。最終的には、オリビアも手伝ってくれた。連日、俺がオリビアに「ポメちゃん、どうにかしてぇ!」と泣きついた成果である。流石のオリビアも、俺をどうにかするよりもポメちゃんを外に引っ張り出す方がはやいと判断したのだろう。

 重い腰をあげたポメちゃんは、すごく不満そうな顔で庭に出てくれた。かっこいいライオンみたいな見た目のくせに、やる気がなさすぎる。というか、もともと外で暮らしていた野生の魔獣なのに。こいつ、この面倒くさがりっぷりで今までどうやって暮らしていたのだろうか。謎だ。

 そうして念願のお散歩チャンスに、俺はテンションが上がる。ぴょんぴょん飛び跳ねて、嬉しさを表現しておく。「落ち着いてくださいよ」と、オリビアが苦笑していた。

 早速ポメちゃんの上に跨って大はしゃぎする。『重い、疲れた、帰りたい』とぶつぶつ呟くポメちゃんに、ユナが同情の目を向けていた。そのくせ、俺が「猫も一緒に乗るか?」と誘えば、迷うことなくひらりとポメちゃんの上にのぼってきた。嫌な猫だな。

 ポメちゃんに乗ってお散歩する俺の横を、オリビアがぴたりとついてくる。

「もっとはやく歩いて!」
『もう無理。これが限界』
「嘘つかないでぇ! ねぇ!」

 一歩一歩が、すごくゆっくりとしている。普通に自分で歩いた方が速いくらいだ。ノロノロポメちゃんは、ぐったりとした様子で『もうこれくらいでいいでしょ』と吐き出している。全然よくない。俺はまだまだ遊びたい。

「オリビアも乗る?」
「いえ、遠慮しておきます」

 風に銀髪をなびかせるオリビアは、そう言って苦笑する。『二人乗りは無理だって』と、ポメちゃんが根を上げているから遠慮したのだろう。

 青い空には、オリビアのペットである魔獣のルルも飛んでいる。あいつの姿は久しぶりに見た。俺が追いかけまわしたからだろうか。ここ最近は、ずっと姿を見ていなかった。俺がポメちゃんに夢中と知って、少しくらいなら大丈夫と油断しているのだろう。だが、実際に俺はポメちゃんに夢中であった。正直に言って、ルルと遊んでやっている暇はないのだ。

「そういえば、テオ様」
「なに」

 ポメちゃんに乗った俺の横を、ゆったりとした足取りでついてくるオリビアは「家庭教師を用意します」と、突然嫌なことを言い出した。楽しい時間に水をさすな。

 俺は勉強が嫌いである。うげぇと精一杯嫌な顔を作るが、オリビアは気にしないで涼しい表情だ。

「魔法の勉強をした方がよいと、フレッド様が」
「魔法?」

 なんと。
 勉強は勉強でも、魔法の勉強らしい。それならやりたい。すごく楽しそうだ。

 前に、バージル団長が俺の魔法の勉強について兄上に進言してくれると言っていた。どうやら有言実行してくれたらしい。さすが団長である。頼りになるな。

「魔法の勉強する! オリビアも一緒にやろ!」
「私は結構です」
「脳筋だもんね」
「なんですって?」

 眉を吊り上げるオリビアに、俺は慌てて「なんでもない」と手を振ってみせる。オリビアは怒ると怖いので。こいつは七歳児が相手だろうが手加減しないタイプなのだ。

「じゃあ、ケイリーと一緒にやろ」
「ケイリーもダメですよ。彼はとても忙しいみたいですから」

 なんだか棘のある言い方に、ちょっとビビる俺。そういえば、ケイリーはオリビアの頼み事を微妙な感じでこなすので、よくオリビアが文句を言っていた。

 具体的には、ケイリーはすぐに俺から目を離すのだ。オリビアは、それが気に入らないのだ。俺の侍従なのだから、俺に張り付いておくべきだというのがオリビアの主張である。そんなの息苦しいので、俺は今のケイリーの適当さが気に入っている。

 これ以上、ケイリーの話題を続けると、オリビアが俺にとって不都合なことを言い出しかねない。ここは早急に話題を逸さなければならない。

「あ、そういえば。お出かけはどうなったの?」

 はやく行きたいと声をかければ、オリビアは「あぁ、そうですね」と微笑んでくれる。

「俺、パン屋さんに行くの」
「とても優しいお姉さんがいるパン屋さんですね」
「……」

 オリビアがすっと目を細めて、周りの温度がちょっと下がった気がする。この話題もまずい。オリビアが不機嫌になってしまう。どうやら俺が、パン屋のクレアお姉さんが優しいと言うのが気に入らないらしい。

 そんなつもりはないのだが、「私は優しくなくてすみませんね」と、オリビアはネガティブな捉え方をしてしまうのだ。

 ダメだ。なんかもう何を言ってもオリビアが不機嫌になってしまう。会話を諦めた俺は、ひたすらポメちゃんの頭を撫でていた。