「なんでお喋りできないふりしてたの?」

 ポメちゃんの頭をペシペシすれば、ポメちゃんはしゅんと情けない顔をする。強そうなライオンが、一気に弱そうに見えてしまう。やっぱり体の大きいポメラニアンみたいだ。

『ちょっと会話をするのが面倒だったから』
「めんどー」
『そう、面倒』

 会話ってそんなに面倒なことだっけ? もしかして、魔獣にとって人間とのお喋りって大変なことなのかな。だが、お喋りできるのは楽しい。早速ポメちゃんと会話してみる。

「ポメちゃん。好きな食べ物なに?」
『野菜かな』
「うげぇ」

 俺は野菜が大嫌いだ。
 ライオンのくせに、草食なのか。変な魔獣だな。

 魔獣は基本的に物を食べない。食べる魔獣もいるけど、その目的は魔力補給のためだ。中には気性の荒い奴もいて、そういうのはもっぱら縄張り争いや恐怖心から人を襲うのであって、食べるために襲うわけではない。とはいえ、中には人を襲って魔力を蓄えようとする物騒な魔獣もいるんだけど。そういう危ない魔獣は、体が大きいことがほとんどだ。

 なので、街に大きな魔獣が出現すれば、とりあえず騎士団が出動して捕獲にかかる。人を食べない魔獣でも、でかくて力が強いゆえに、うっかり近付くと踏み潰されたり体当たりされたり。とにかく危険なので、一旦は騎士団で捕獲する流れになっているのだ。

 しかし知性を持つ魔獣の中には、人間同様に食べることを楽しむ個体もいる。ポメちゃんみたいに野菜食べるくらいなら安全である。中には、人間や動物を食べるのが好きとかいう物騒な奴もいる。そういう個体は、危険魔獣としてだいたい処分されてしまうのだ。

「俺、野菜嫌い。ポメちゃんとは気が合わないからペットにするのをちょっとためらっている」
『そんなことで?』

 目を瞬くポメちゃんは、困ったように口角を下げている。体の大きさに見合わない情けない顔だ。

 だって、野菜好きのポメちゃんを飼えば、間違いなくオリビアがポメちゃんを見習えとか変なことを言い出す。俺が野菜を残すたびに、「ポメちゃんは食べてますよ。テオ様も少しは見習ってください」と、偉そうに説教してくる姿が容易に想像できてしまう。

「……うちで飼ってもいいけど。野菜は食べちゃダメ」
『なんで』

 不満をあらわにするポメちゃんは、落ち込むように肩を落としてしまった。残念だが、諦めてもらうしかない。俺の前で野菜なんて食べられると思うなよ。

 だが、魔獣に肉を与えることもあまり推奨されていない。変に肉の美味しさを覚えて、手当たり次第に人や動物を襲ったら大変だからな。

「じゃあ、ポメちゃんは今日から毎日ケーキを食べるといいよ」
『それはなんで?』

 そんなの簡単だ。ポメちゃんが毎日ケーキを食べれば、俺も毎日ケーキを食べられる。すごくハッピーだ。だからケーキしか食べないと駄々をこねろとアドバイスすれば、ポメちゃんは『わかった』と渋々頷いた。そうしてオリビアに向き直ったポメちゃんは、俺の言った通りの宣言をしてくれた。

『自分は、ケーキしか食べないので。よろしく』
「いや全部聞こえてましたけど」

 眉間に皺を寄せて怖い顔をするオリビアは、なぜか俺を睨みつけてくる。

「テオ様」
「なんだ、オリビア。ポメちゃんのケーキ用意しよう」
「いけません」
「……ケチ」
「なんですって?」

 ギロリとこちらを睨みつけてくるオリビアに、首をすくめる。「ポメちゃん。ケーキは諦めろ」と、頑張ってポメちゃんに言い聞かせておく。

「魔獣のせいにしない!」
「してないもん。ケーキ食べなきゃ死んじゃうって言ったのはポメちゃんだもん」
『自分はそんなこと言ってないけど』

 空気の読めないポメちゃんは、余計な口を挟んでくる。

 どうやらポメちゃんは、騎士団預かりになっていた時にもまったくお喋りしなかったらしい。そのせいで、騎士団はポメちゃんを意思疎通は可能だが、会話できないタイプの魔獣と判断したらしい。

『会話できるとわかれば、質問攻めにされるでしょ』
「なるほどぉ?」

 よくわからない。わかったのは、ポメちゃんが面倒くさがりという事実だけ。

「おい、面倒くさがりポメちゃん」
『変な呼び方しないで』

 ぐいっと顔に生えたもふもふの毛を引っ張れば『痛い痛い』という悲痛な声が聞こえてきて、慌てて手を離す。オリビアが「魔獣をいじめない」と眉を吊り上げていた。

「違う、いじめてない。ポメちゃん、こっち見て」

 急いで足元で小さくなっていたユナを抱き上げる。すっかりとライオンにビビっているらしく、珍しく大人しくしている。

「これは猫。俺のペット」
『よろしく。猫ちゃん』

 律儀に挨拶するポメちゃんは、愛想の良い魔獣である。一方のユナは『ボク猫じゃないし。あとユナって名前があるんだけど』と、ボソボソ抗議していた。