そうと決まれば、行動あるのみ。
なるべく地味な服に着替えて、小さめの肩掛けバッグに荷物を詰める。姿見の前に立って、平民の子供にしか見えないことを確認して、頷いた。
『絶対ダメだって! やめた方がいいって!』
足元で騒ぐ猫をガン無視して、帽子を被る。オリビアもそうだが、この猫も俺のことを馬鹿にしてくる。
『フレッド様に言いつけてやる! 無断外出はダメだって。せめて護衛をつけないと』
「うるさいぞ。猫」
『誰が猫だ。ボクは魔獣だって言ってるでしょうが』
ぎゃあぎゃあとうるさいユナを見下ろす。こいつを放置しておくと、本当に兄上のところへ告げ口に行ってしまうかもしれない。それは、まずい。
考えた末に、俺は肩にかけたばかりのバッグを床におろした。そうして、少し大きめのバッグを引っ張り出すと、うろうろしていたユナを捕獲する。
『待て、ご主人様。やめて、嫌な予感がする』
「うるさい! 静かにしろ!」
『ひぇ、なにこの悪ガキ。ボクもっと優しいご主人様がよかった』
大袈裟に泣き真似するユナを、頑張ってバッグに詰め込む。
『やめて。勘弁してください、ご主人様』
猫をむぎゅっと詰めて、持ち上げる。少し重いが、持ち運べないこともない。俺は今から内緒で出かけるのだ。こうなったら、ユナも連れて行くしかない。
「おとなしくしていろよ」
『ひぇ……! 助けて、オリビア』
ここにはいないオリビアに助けを求める猫を引き連れて。
俺は、公爵家の屋敷を飛び出した。
〇
「また余計なことをして」
門番の目を搔い潜り、屋敷の外へ走り出てから約五分後のことである。
街の中心部へと向かう大通りの真ん中で。俺の首根っこを掴んだオリビアが、グッと眉間に皺を寄せて、低い声を発していた。
「……訓練はどうした。サボりか?」
「テオ様が余計なことをするから、抜け出してきました」
サボりを俺のせいにしてくるオリビアは、今にも舌打ちしそうな顔であった。
『……た、助けてぇ、オリビア』
抱えていたバッグから漏れてきた悲痛な声に、オリビアがますます眉を吊り上げる。俺の手からバッグを奪い取った彼女は、勝手に開けて中身を出してしまう。ぐったりと顔を出した猫が、『し、死ぬかと思った』と大袈裟に肩で息をしている。
「ユナをいじめない!」
「いじめてない」
頭ごなしに怒鳴りつけてくるオリビアは、猫を抱き上げて「かわいそうに」と背中を撫で始める。まただ。また勝手に、人の猫を世話している。
それにしても。誰にも見つからないように屋敷を抜け出てきたのに、オリビアがここに駆け付けるまでが異常に速かった。これはどういうことだ。じっとオリビアを見上げていれば、彼女は「私にも、契約している魔獣がいるので」と、素っ気なく上を示した。
つられて青空へと視線を向ければ、そこには空を旋回するちっちゃい鳥がいた。
「卑怯だぞ!」
「なにが卑怯なんですか。テオ様は、目を離すと何をしでかすかわかりませんからね」
どうやらあの小さい鳥に、俺の監視を任せていたらしい。なんて卑怯な。
ままならない状況に、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。それでも発散できない苛立ちを抱えきれなくなった俺は、全力で街の中心部に向けて駆けだした。
「あ、こら!」
ユナを地面におろしたオリビアが、慌てて追いかけてくる。ついでに小さい鳥も追いかけてくる。すぐに捕まってしまったが、諦めきれない。
「邪魔するな!」
「なんですか。街に行って何をするんですか」
「大きい魔獣を捕まえる」
仕方がないので目的を吐けば、オリビアが怪訝な顔をする。お綺麗な顔に皺を寄せた彼女は片膝をつくと、俺と向き合うように両肩に手を置いてくる。
「いいですか、テオ様。街にいるのは害のない小さな魔獣のみです。大きな魔獣はいません」
「……うそだ」
「本当です。そもそもそんな危険なもの。街に出没したら大騒ぎですよ」
そういえば、たまに魔獣が出たと騎士団が出動していることを思い出した。なるほど。おっきい魔獣は討伐対象になってしまうのか。
「でもおっきい魔獣ほしい」
「そんなもの。捕まえてどうするおつもりですか」
「ペットにする」
「……」
絶句したオリビアは、遠い目をする。『無理って言ってやりなよ! オリビア』と、後から追いついてきたユナが生意気なことを口にしている。毛玉のくせに。主人の行動に口出しするんじゃない。叩いてやろうと拳を振り上げるが、オリビアにあっさり止められてしまった。
なにやらひとりで思案していたオリビアは、やがて大袈裟なため息をついた。
「屋敷に戻りましょう」
一方的に言い放って、俺の手をとってくるオリビアは、言葉通り屋敷へと道を引き返す。足を踏ん張って地味に抵抗してみるが、あっさりと抱き上げられてしまった俺は、無力である。こういう時、小さな体が憎らしくなる。だが、俺はまだ七歳。きっとこれから成長する。そのうちオリビアを追い抜くはず。そうなったらオリビアの好きにはさせない。
いつか絶対に出し抜いてやると決意して、俺はムスッと頬を膨らませた。
なるべく地味な服に着替えて、小さめの肩掛けバッグに荷物を詰める。姿見の前に立って、平民の子供にしか見えないことを確認して、頷いた。
『絶対ダメだって! やめた方がいいって!』
足元で騒ぐ猫をガン無視して、帽子を被る。オリビアもそうだが、この猫も俺のことを馬鹿にしてくる。
『フレッド様に言いつけてやる! 無断外出はダメだって。せめて護衛をつけないと』
「うるさいぞ。猫」
『誰が猫だ。ボクは魔獣だって言ってるでしょうが』
ぎゃあぎゃあとうるさいユナを見下ろす。こいつを放置しておくと、本当に兄上のところへ告げ口に行ってしまうかもしれない。それは、まずい。
考えた末に、俺は肩にかけたばかりのバッグを床におろした。そうして、少し大きめのバッグを引っ張り出すと、うろうろしていたユナを捕獲する。
『待て、ご主人様。やめて、嫌な予感がする』
「うるさい! 静かにしろ!」
『ひぇ、なにこの悪ガキ。ボクもっと優しいご主人様がよかった』
大袈裟に泣き真似するユナを、頑張ってバッグに詰め込む。
『やめて。勘弁してください、ご主人様』
猫をむぎゅっと詰めて、持ち上げる。少し重いが、持ち運べないこともない。俺は今から内緒で出かけるのだ。こうなったら、ユナも連れて行くしかない。
「おとなしくしていろよ」
『ひぇ……! 助けて、オリビア』
ここにはいないオリビアに助けを求める猫を引き連れて。
俺は、公爵家の屋敷を飛び出した。
〇
「また余計なことをして」
門番の目を搔い潜り、屋敷の外へ走り出てから約五分後のことである。
街の中心部へと向かう大通りの真ん中で。俺の首根っこを掴んだオリビアが、グッと眉間に皺を寄せて、低い声を発していた。
「……訓練はどうした。サボりか?」
「テオ様が余計なことをするから、抜け出してきました」
サボりを俺のせいにしてくるオリビアは、今にも舌打ちしそうな顔であった。
『……た、助けてぇ、オリビア』
抱えていたバッグから漏れてきた悲痛な声に、オリビアがますます眉を吊り上げる。俺の手からバッグを奪い取った彼女は、勝手に開けて中身を出してしまう。ぐったりと顔を出した猫が、『し、死ぬかと思った』と大袈裟に肩で息をしている。
「ユナをいじめない!」
「いじめてない」
頭ごなしに怒鳴りつけてくるオリビアは、猫を抱き上げて「かわいそうに」と背中を撫で始める。まただ。また勝手に、人の猫を世話している。
それにしても。誰にも見つからないように屋敷を抜け出てきたのに、オリビアがここに駆け付けるまでが異常に速かった。これはどういうことだ。じっとオリビアを見上げていれば、彼女は「私にも、契約している魔獣がいるので」と、素っ気なく上を示した。
つられて青空へと視線を向ければ、そこには空を旋回するちっちゃい鳥がいた。
「卑怯だぞ!」
「なにが卑怯なんですか。テオ様は、目を離すと何をしでかすかわかりませんからね」
どうやらあの小さい鳥に、俺の監視を任せていたらしい。なんて卑怯な。
ままならない状況に、その場でぴょんぴょん飛び跳ねる。それでも発散できない苛立ちを抱えきれなくなった俺は、全力で街の中心部に向けて駆けだした。
「あ、こら!」
ユナを地面におろしたオリビアが、慌てて追いかけてくる。ついでに小さい鳥も追いかけてくる。すぐに捕まってしまったが、諦めきれない。
「邪魔するな!」
「なんですか。街に行って何をするんですか」
「大きい魔獣を捕まえる」
仕方がないので目的を吐けば、オリビアが怪訝な顔をする。お綺麗な顔に皺を寄せた彼女は片膝をつくと、俺と向き合うように両肩に手を置いてくる。
「いいですか、テオ様。街にいるのは害のない小さな魔獣のみです。大きな魔獣はいません」
「……うそだ」
「本当です。そもそもそんな危険なもの。街に出没したら大騒ぎですよ」
そういえば、たまに魔獣が出たと騎士団が出動していることを思い出した。なるほど。おっきい魔獣は討伐対象になってしまうのか。
「でもおっきい魔獣ほしい」
「そんなもの。捕まえてどうするおつもりですか」
「ペットにする」
「……」
絶句したオリビアは、遠い目をする。『無理って言ってやりなよ! オリビア』と、後から追いついてきたユナが生意気なことを口にしている。毛玉のくせに。主人の行動に口出しするんじゃない。叩いてやろうと拳を振り上げるが、オリビアにあっさり止められてしまった。
なにやらひとりで思案していたオリビアは、やがて大袈裟なため息をついた。
「屋敷に戻りましょう」
一方的に言い放って、俺の手をとってくるオリビアは、言葉通り屋敷へと道を引き返す。足を踏ん張って地味に抵抗してみるが、あっさりと抱き上げられてしまった俺は、無力である。こういう時、小さな体が憎らしくなる。だが、俺はまだ七歳。きっとこれから成長する。そのうちオリビアを追い抜くはず。そうなったらオリビアの好きにはさせない。
いつか絶対に出し抜いてやると決意して、俺はムスッと頬を膨らませた。