ポメちゃんは、安全のために魔獣を管理しておくための檻に移動させるらしい。檻に入れちゃうなんて可哀想。あんなにふわふわなのに。

「俺の部屋に連れていく」
「ダメですよ」
「お願いぃ、エルド」
「ダメです」

 俺がこんなに可愛くお願いしているのに。俺はでっかい毛玉と一緒に寝たい。これがお父様だったら「テオがそこまで言うのなら仕方がないね」と、にっこり笑って許可してくれる場面だ。エルドめ。

 相変わらず団長も怖いし。でっかい声で「ポメちゃん!」と叫んでみる。それに反応してポメちゃんが、がうがうと唸り声を上げた。それにビビる周りの騎士たち。

「いやだぁ! 俺の部屋に連れていく! いーやー!」

 ありったけの大声で叫ぶが、エルドは折れない。団長も折れない。俺の心からの叫びを、聞こえなかったことにしてしまう。酷い大人たちだ。

 こうなれば、強行突破だ。
 エルドの隙をついて、わぁっと一気に駆け出す。「あ、こら!」と慌てたようなエルドの声が背中にかかるが、無視してやった。

 そうして急いでポメちゃんの元へと向かうのだが、あと一歩というところで団長が割り込んできた。

「テオ様」
「だって俺のポメちゃん」
「いけません」

 いけません、と繰り返す団長は、眉間に皺を寄せて怖い顔だ。ただでさえ変な迫力を有しているのに。ギロッと睨まれてしまえば、しゅんと肩を落とすことしかできない。

 七歳児。なんて無力。

 俺に視線を向けて、がうがうと控えめに唸っているポメちゃんは、可愛かった。部屋に連れて行きたい。

「テオ様!」

 そんな時である。背後から投げつけられた怒声に、首をすくめる。案の定、怒った顔をして大股で寄ってくるオリビアは、俺のことを睨みつけていた。

「勝手に抜け出して!」

 勝手じゃないもん。一応、エルドが声をかけていた。議論に夢中になって、俺たちの存在を無視していたオリビアが悪いと思う。

 どうやら兄上の部屋から俺とエルドが消えていることに気がついたオリビアと副団長が、慌てて探しに来たらしい。ふたりとも疲れた顔をしている。フレッド兄上の姿は見えない。あの面倒くさがりの兄め。せっかく俺がゲットしたでっかい魔獣を見ないとは、どういうつもりなのか。

 ふわふわライオンを兄上に自慢したかった俺は、かなりがっかりした。このでっかい魔獣をペットにできたと、兄上相手にふんぞり返って自慢したかった。兄上に勝つことは、俺の長年の夢でもある。

 俺より先に生まれただけのくせに、兄上はいつも偉そうに接してくる。「余計なことをするんじゃない」「子供はあっちに行っていろ」「おまえにはまだ早い」などなど。兄上が俺を小馬鹿にしたような態度を取るたびに、俺はひっそりと拳を握りしめている。

 そんな兄上を見返すチャンスだというのに、肝心の兄上が部屋に引きこもって出てこない。「どうだ! 俺の方が魔法上手だぞ!」と仁王立ちして高笑いしたいのに。兄上め。

 もしや負けを認めることが嫌で、わざと見にこないのだろうか。弱虫兄上だな。

「オリビア。ポメちゃんを俺の部屋に案内するから。手伝って」
「ダメですよ。あんな大きな魔獣を部屋に入れるわけには」
「ケチ」

 どさくさに紛れて、部屋に連れて行こうとしたのだが、オリビアによってあっさりと却下されてしまう。

 騎士棟には、魔獣を捕らえておくための丈夫な檻がある。生け捕りにした魔獣は、色々と使い道がある。大半は魔獣の研究施設に移される。今後の討伐の参考に、魔獣を飼って研究するのだ。あとは、契約魔法が得意な人たちの所へ連れて行かれて、使い魔になるものも多い。特に騎士団所属の騎士たちが、強い魔獣と契約できれば、その後の魔獣討伐などで使える大きな戦力となる。

 そのために、生きたまま魔獣を置いておくための設備が、騎士団には用意されている。ポメちゃんは俺と契約してしまったので、他の騎士が契約するようなことはできない。だから戦力として売られるということはないだろうが、研究施設行きの可能性がまだ残っている。ポメちゃんと離れるのは絶対に嫌。今日会ったばかりの魔獣だが、俺とポメちゃんは親友なので。

 離れたくないと言えば、オリビアは「ご心配なく」と眉尻を下げる。

「テオ様との契約がある以上、よそに移すわけにもいかないでしょう。しばらくはここに置いておくことになります」
「じゃあ俺の部屋に」
「ダメですよ。まだどんな魔獣か不明です。テオ様が触れるのは、危険がないことを確認してからですよ」

 オリビアの口振りだと、ポメちゃんを俺のペットにしてもいいと言っているように聞こえる。マジで? やったぁ。

 どうやら兄上との話し合いで、ポメちゃんがどのような魔獣なのかを明らかにして、危険がないと分かれば俺の側に置いてもいいのでは? ということになったらしい。まぁ、人と契約済みの魔獣なんて売れないからな。オリビアにとっても苦渋の決断だったのだろう。苦い顔をしている。

「やったね、エルド」

 とりあえず喜びを分かち合おうと、隣にいたエルドの袖を握っておく。「よかったですね」と応じてくれるエルドをよそに、俺の視線はまったり寝転んでいるポメちゃんに釘付けであった。