「ポメちゃん」

 俺が名前を呼ぶたびに、ライオンもどきはお返事するかのように頭を振る。時々小さく吠えている。それが面白くて何度も名前を呼ぶ。

「ポメちゃん、こっち来て」
「ダメですよ!」

 エルドに抱っこされたまま。懸命に手を伸ばしてライオンに触ろうとするのだが、エルドはそれを阻止してくる。ライオンから物理的に距離をとってしまう。

 俺がこの魔獣と契約できたことは間違いない。
 それはこの場にいた騎士たちが目撃していたし、現にライオンも大人しくしている。

 ひらひらとライオンに手を振れば、尻尾を振って応じてくれる。すごく強そうなペットを手に入れてしまった。夢が叶ってにやにやしていると、「テオ様!」と聞き慣れた鋭い声が飛んできた。

「オリビア」
「何をしているんですか!」
「ふわふわライオンをゲットした」

 キリッと眉を吊り上げるオリビアは、俺のことを睨み付けると、すぐに視線をエルドに注ぐ。

「何があった」
「いや、俺もよくわかんないけど」

 弱々しい声を発するエルドは、ここまでの出来事を簡潔に説明し始める。俺が勝手に魔獣と契約したと知って、オリビアは再び俺を睨み付けてくる。相変わらず物騒な護衛さんである。

「オリビア。あのライオン、名前はポメちゃん」
「変な名前をつけない!」

 どこが変な名前なんだよ。でっかいポメラニアンみたいだろ、こいつ。突然のダメ出しにショックを受ける俺は、エルドに抱えられたまま彼の服をぎゅっと握っておく。

「エルド。オリビアにやり返せ」

 こそこそと耳打ちするが、エルドは「無理ですよ」とシンプルにお断りしてきた。なんだこいつ。オリビアのことが怖いのか?

 年齢的にはエルドの方が歳上だ。けれども、ずっとエヴァンズ家の騎士団で働いていたエルドと違い、オリビアは少し前まで王立騎士団に所属していた。

 なんか王立騎士団は入団するのも難しいと聞いた。その中でも、特に実力ある者は王族警護を担う近衛騎士になれる。オリビアは、女だという理由で、近衛騎士にはなれそうになかった。だから兄上の誘いでうちに移ってきたという経緯がある。

 そのため実力確かなオリビアは、若いながらもエヴァンズ騎士団においてはそれなりの立場にいるのだ。

 オリビアに遠慮しているらしいエルドは、時折俺とライオンを見比べながら報告を済ませる。どうでもいいけど、エルドは会話しながらずっと、ゆらゆらと俺のことを揺らしている。まるで幼子をあやすかのような動きである。眠くなるからやめてほしい。

 ぱちぱちと瞬きしてからライオンを指差す。

「どうだ、オリビア! 俺が捕まえたでっかい魔獣!」

 これで彼女も、俺のことを見直したに違いない。えっへんと胸を張って褒められ待ちをするのだが、オリビアが俺を褒めたたえる様子はない。

 もしかしてライオンのことが見えていないとか? あんなにでっかい魔獣なのに?

 ちょっと心配になりつつ、再度ライオンの方を指差しておく。名前はポメちゃんと教えてやるが、オリビアは苦い表情だ。

「どうするんですか、これ」

 呻くような声を発したオリビアは、ライオンの様子を見ていた副団長に顔を向けていた。それを受けて緩く肩をすくめた副団長は「本当に契約できているらしい」と報告してくる。

 どうやら俺と魔獣の契約場面を直接目撃したわけではないので、まだちょっぴり疑っているらしい。気持ちはわかるぞ。自分でも、ありえないような事態が起きていると自覚はしている。

 オリビアの袖をちょいと掴んで、気を引いておく。

「俺七歳。あいつと契約した。俺は天才」

 ふんっと鼻息荒くふんぞり返れば、オリビアが半眼となってしまう。俺を抱っこしたまま下ろしてくれないエルドは「さすがテオ様です」と、投げやりに褒めてくる。

 思っていたのと違う。

 でっかい魔獣をペットにできれば、オリビアが手放しで「すごいですね、天才ですね! 一生ついていきます!」と褒めてくれると思っていたのに。

 なんだかざわつき始める騎士団は、俺のことを遠まきに見ている。もしかして、得体が知れないと避けられ始めている? え、それは嫌だ。確かに、七歳でこんなにでっかい魔獣と契約するなんて、化け物じみた魔力である。だが、俺の感覚的には、俺の中にそんなにすごい量の魔力があるとは感じない。

 とりあえず、一番身近にいたエルドの服をガッチリ掴んでおく。こいつは逃がしてなるものか。オリビアは、たぶん逃げないから大丈夫。こいつは俺のことを舐めているから。

「まずは、フレッド様に報告を」

 額を押さえて、そのような提案をしたオリビアは、とても疲れた顔をしていた。