オリビアのことが、最近鬱陶しい。いや、あいつは出会った当初から口うるさかった。
「あにうえー」
「兄上だ。なんだその間の抜けた呼び方は」
兄上の執務室にて。仕事の手を止めて顔を上げた兄上は、俺の顔を見るなり小言をぶつけてくる。とりあえず、何か文句を言わないと気が済まないらしい。俺は出来た弟なので、ひと通り聞き流して「はいはい」とわかったように相槌を打ってやる。
父上の跡を継ぐと張り切りモードの兄上は、なにかと忙しいアピールをしてくる。今も手元の書類をわざとらしく捲りながら、「手短に済ませてくれ」と、偉そうに指示してくる。俺だって、忙しいのだが?
「あにうえー」
「だから」
はぁっと息を吐いた兄上は、額を押さえて俯いてしまう。金髪碧眼の王子様っぽい見た目のフレッド兄上であるが、細かい動作は少々乱暴だったりする。今も、書類をぽいっと放り投げて、偉そうにふんぞり返って腕を組んでいる。
「何の用だ」
「オリビアが、俺の邪魔してくる。俺の猫なのにさ、なんか勝手にお世話してるの。どうにかして」
「猫って、あの魔獣のことか?」
「うん」
灰色猫を思い浮かべて、こくこくと頷く。ユナは俺のペットなのに、最近ではオリビアに懐いている。これは、ゆゆしき事態だ。
「私に言われても、どうしようもない。オリビアに直接言えばいいだろ」
「オリビアは、ちょっと怖い」
口を開けば、飛び出すのは説教ばかり。いい加減、聞き飽きた。
「俺の護衛、ほかの人がいい。オリビアはもう飽きた」
初めの頃は、顔の良さに感心していたのだが、なんかもう見飽きてきた。あの眉間の皺を、どうにかした方がいいと思う。背の高いオリビアである。隣に並ばれると、圧が凄い。おまけに、俺を監視するかの如くじっと見下ろしてくるあの冷たい視線に耐えられない。もうちょい優しい護衛さんがいい。
そう説明してやるのだが、兄上は「おまえが余計なことをするからだろう」と、取り合ってくれない。余計なことってなに? 俺がなにをしたっていうんだ。
「あにうえー。どうにかしてぇー」
「おまえはまず、その間延びした喋り方をどうにかしろ」
オリビアではなく、俺の方をどうにかしてこようとする兄上はダメだ。話にならない。やれやれと肩をすくめてみせれば、兄上が半眼になる。
「オリビアには、くれぐれもテオから目を離すなと伝えておこう」
「兄上って、余計なことするよね」
「おまえもな」
〇
兄上の執務室をあとにした俺は、自室へと戻って、作戦を練る。口うるさいオリビアから解放されるためには、綿密な計画が必要だ。兄上があてにならない今、自力でどうにかしなければならなかった。
現在、オリビアは鍛錬のため騎士団の方へと顔を出している。日頃の訓練を欠かさない彼女は、体を動かすことが好きらしい。なにか困りごとがあっても、大抵のことは顔の良さと腕力で解決してしまうのだ。すごく物騒。
「おい、猫!」
『ご主人様って、なんでボクのこと名前で呼ばないの?』
こちらを見上げてくる灰色猫を捕まえて、椅子の上に乗っけてやる。『無視かよ』と、拗ねたように呟く猫は、くわぁっと欠伸をする。
「猫。おまえは幸せ者だ。下級魔獣なのに、公爵家に置いてもらって、いい生活をしている」
『……え、なに急に。こわ』
怖い怖いと、大袈裟に体を丸める猫の前に立って、腕を組む。ムスッと難しい顔を作って、ぎろりと猫を見下ろす。目指すは、俺に説教しているときの不機嫌オリビアだ。
『どうしたの、ご主人様。ご機嫌ななめ?』
オリビアの真似をして、ひたすら猫を睨みつける。『いや、こっわ』とぶつぶつ言っている猫は、そっと目を逸らしてしまう。
「ペットにしてあげてるんだから。俺に感謝しろ」
『ひぇ、そっちが勝手に主従契約結んできたくせに』
ボクもっと優しいご主人様がよかった、とふざけたことを口走る猫の頭をぺしっと叩いて、本題に入る。
「いいか、猫。俺は今から旅に出る」
『え? なんて?』
「オリビアを見返してやる。あいつ、俺のこと何もできないガキだと思っている」
『……ご主人様はガキだよ? それもすんげぇ悪ガキ』
「うるさいぞ! 猫のくせに!」
『ひぇ、横暴』
事実を言っただけなのに、と嘆く猫は、ペットのくせに偉そうである。
『てか旅に出るって。なんで?』
「でっかい魔獣を捕まえる」
オリビアは、年上ということもあって、常に余裕を崩さない。一応、俺の方が立場は上なのに、偉そうに口答えしてくる始末である。それもこれも、俺がまだ七歳で、魔法をうまく使えないからに違いない。
唯一覚えた契約魔法も、こんな下級猫しかペットにできない。だから、もっと強くて大きい魔獣をペットにすれば、オリビアも俺のことを見直すと思うのだ。オリビアになめられないためにも、やるしかない。
『うぇ、その考えがもうすでにお子様』
というわけで、俺は新しいペット探しのため、旅に出る決意をした。
「あにうえー」
「兄上だ。なんだその間の抜けた呼び方は」
兄上の執務室にて。仕事の手を止めて顔を上げた兄上は、俺の顔を見るなり小言をぶつけてくる。とりあえず、何か文句を言わないと気が済まないらしい。俺は出来た弟なので、ひと通り聞き流して「はいはい」とわかったように相槌を打ってやる。
父上の跡を継ぐと張り切りモードの兄上は、なにかと忙しいアピールをしてくる。今も手元の書類をわざとらしく捲りながら、「手短に済ませてくれ」と、偉そうに指示してくる。俺だって、忙しいのだが?
「あにうえー」
「だから」
はぁっと息を吐いた兄上は、額を押さえて俯いてしまう。金髪碧眼の王子様っぽい見た目のフレッド兄上であるが、細かい動作は少々乱暴だったりする。今も、書類をぽいっと放り投げて、偉そうにふんぞり返って腕を組んでいる。
「何の用だ」
「オリビアが、俺の邪魔してくる。俺の猫なのにさ、なんか勝手にお世話してるの。どうにかして」
「猫って、あの魔獣のことか?」
「うん」
灰色猫を思い浮かべて、こくこくと頷く。ユナは俺のペットなのに、最近ではオリビアに懐いている。これは、ゆゆしき事態だ。
「私に言われても、どうしようもない。オリビアに直接言えばいいだろ」
「オリビアは、ちょっと怖い」
口を開けば、飛び出すのは説教ばかり。いい加減、聞き飽きた。
「俺の護衛、ほかの人がいい。オリビアはもう飽きた」
初めの頃は、顔の良さに感心していたのだが、なんかもう見飽きてきた。あの眉間の皺を、どうにかした方がいいと思う。背の高いオリビアである。隣に並ばれると、圧が凄い。おまけに、俺を監視するかの如くじっと見下ろしてくるあの冷たい視線に耐えられない。もうちょい優しい護衛さんがいい。
そう説明してやるのだが、兄上は「おまえが余計なことをするからだろう」と、取り合ってくれない。余計なことってなに? 俺がなにをしたっていうんだ。
「あにうえー。どうにかしてぇー」
「おまえはまず、その間延びした喋り方をどうにかしろ」
オリビアではなく、俺の方をどうにかしてこようとする兄上はダメだ。話にならない。やれやれと肩をすくめてみせれば、兄上が半眼になる。
「オリビアには、くれぐれもテオから目を離すなと伝えておこう」
「兄上って、余計なことするよね」
「おまえもな」
〇
兄上の執務室をあとにした俺は、自室へと戻って、作戦を練る。口うるさいオリビアから解放されるためには、綿密な計画が必要だ。兄上があてにならない今、自力でどうにかしなければならなかった。
現在、オリビアは鍛錬のため騎士団の方へと顔を出している。日頃の訓練を欠かさない彼女は、体を動かすことが好きらしい。なにか困りごとがあっても、大抵のことは顔の良さと腕力で解決してしまうのだ。すごく物騒。
「おい、猫!」
『ご主人様って、なんでボクのこと名前で呼ばないの?』
こちらを見上げてくる灰色猫を捕まえて、椅子の上に乗っけてやる。『無視かよ』と、拗ねたように呟く猫は、くわぁっと欠伸をする。
「猫。おまえは幸せ者だ。下級魔獣なのに、公爵家に置いてもらって、いい生活をしている」
『……え、なに急に。こわ』
怖い怖いと、大袈裟に体を丸める猫の前に立って、腕を組む。ムスッと難しい顔を作って、ぎろりと猫を見下ろす。目指すは、俺に説教しているときの不機嫌オリビアだ。
『どうしたの、ご主人様。ご機嫌ななめ?』
オリビアの真似をして、ひたすら猫を睨みつける。『いや、こっわ』とぶつぶつ言っている猫は、そっと目を逸らしてしまう。
「ペットにしてあげてるんだから。俺に感謝しろ」
『ひぇ、そっちが勝手に主従契約結んできたくせに』
ボクもっと優しいご主人様がよかった、とふざけたことを口走る猫の頭をぺしっと叩いて、本題に入る。
「いいか、猫。俺は今から旅に出る」
『え? なんて?』
「オリビアを見返してやる。あいつ、俺のこと何もできないガキだと思っている」
『……ご主人様はガキだよ? それもすんげぇ悪ガキ』
「うるさいぞ! 猫のくせに!」
『ひぇ、横暴』
事実を言っただけなのに、と嘆く猫は、ペットのくせに偉そうである。
『てか旅に出るって。なんで?』
「でっかい魔獣を捕まえる」
オリビアは、年上ということもあって、常に余裕を崩さない。一応、俺の方が立場は上なのに、偉そうに口答えしてくる始末である。それもこれも、俺がまだ七歳で、魔法をうまく使えないからに違いない。
唯一覚えた契約魔法も、こんな下級猫しかペットにできない。だから、もっと強くて大きい魔獣をペットにすれば、オリビアも俺のことを見直すと思うのだ。オリビアになめられないためにも、やるしかない。
『うぇ、その考えがもうすでにお子様』
というわけで、俺は新しいペット探しのため、旅に出る決意をした。