『何してるの』
「今いいところだから静かにして」
俺は今、とても真剣だった。自室にて、ケイリーに用意してもらった大きめのカゴと紐、そしてちょうど良い長さの棒を前にして、試行錯誤している最中であった。
ケイリーは、俺の指示した物を持ってくると、早々に部屋を出て行った。彼の中では、オリビアによる「テオ様から目を離すな」という頼みは一回限りのものということになっているらしい。オリビアが知ったら怒り出しそうだ。だが、ずっとケイリーに付きまとわれるのも嫌なのでオリビアには黙っておこうと思う。
ユナは、ぼんやりと床に丸まって眺めているだけで、手を貸してはくれない。まぁ、猫の手を借りるほど困ってはいないけど。
頭の中にあるイメージ図を実現するために頑張る。棒の先に紐をしっかりと結び付ける。多分こんな感じだったはず。
『なにしてるのさ』
「知りたいのか?」
そんなに知りたいなら、特別に教えてやらないこともない。作業の手を止めて、立ち上がる。腰に手を当てて、ユナを見下ろす。
「これはね、罠」
『罠……?』
意味不明と言わんばかりに目を見開くユナは、どうやら知らないらしい。得意になった俺は、猫相手にも優しく説明してやる。俺は前世の記憶がある賢い子なので。
要するに、あの典型的な罠を仕掛けたい。
カゴをひっくり返して地面に伏せるように置く。その一箇所を紐がついた棒で支えるようにして開けておく。獲物がカゴの中に入った瞬間を狙い、遠くから紐を引いてカゴの中に獲物を閉じ込めるというやつだ。
あれをやって、なにかを捕まえたい。捕まえるものは、庭に入り込んでいる動物でも魔獣でもなんでもいい。
張り切る俺とは対照的に、ユナは怪訝な表情だ。
『そんなバカみたいな罠に引っかかる奴なんていないよ』
「やってみないとわかんないだろ」
カゴの中には、厨房からこっそりくすねてきたパンを入れようと思う。簡単な罠なので、用意することはそんなにない。早速荷物を持って、庭に出る。後ろをついてくるユナは、ジトッと疑いの目を向けてくる。
玄関先の人の出入りが多いところには、野生の魔獣は近寄らないだろうと考えた末に、屋敷裏に移動する。
鬱蒼とした森の広がる屋敷裏は、ちょうど建物の影が広がり薄暗い。森の中には立ち入るなとオリビアから言い聞かせられているが、今日は森には入らないから大丈夫。
屋敷裏の雑草が生えた何もないスペースに、早速罠を仕掛ける。試しにユナで練習すれば、いい感じに捕獲できた。無理矢理付き合わされたユナは、少々表情が死んでいたが。
『こんなわかりやすい罠にかかる魔獣なんていないと思うけど』
「魔獣じゃなくてもいいの。なんか捕まえたい」
最悪、虫でもいいや。
カゴの中央にちぎったパンをパラパラ撒いて準備は完了である。
紐を伸ばして、近くの木の陰に座って待つ。隣に来たユナは、早くも暇そうに欠伸をしている。こいつは隙があれば、よくお昼寝をしている。
『飽きたら帰ろうね』
「捕まえるまで帰らない」
『はいはい』
面倒くさ、という小さな呟きが聞こえてきたが、無視しておいた。
頼りにならないユナは放っておいて、紐の端っこを握りしめた俺は固唾を飲んで待機する。息を殺して、じっとする。今か今かと目を輝かせていた俺であったが、数分もしないうちに気が散ってくる。
「……猫」
『なに』
「なにか面白い話して」
『なにその無茶振り。嫌だよ』
獲物は、なかなか姿を表さない。なんかもう飽きてきた。
罠を仕掛ける時はうきうきしていたはずだが、この待ち時間は一向に楽しくない。すんげぇ暇だ。ユナとお喋りして時間を潰そうとするが、やる気なし猫は目を閉じてお昼寝モードである。俺を置いて寝るんじゃない。
「猫。なんか魔獣捕まえてさ。あのカゴの中に入れてきて」
『それ、なにか楽しいの?』
「魔獣が無理なら虫でもいいよ」
『もう飽きたんでしょ?』
半眼になるユナから顔を逸らして、罠を凝視しておく。まったく動きのない罠を見つめていても、何も楽しくはなかった。
だが、俺から言い出した手前、やめようとは言いにくい。それに生意気ユナのことだ。俺が早々に諦めたと分かれば、鼻で笑ってくるに違いない。ペットにバカにされることは、俺のプライド的に許せない。
ここはもう少しだけ粘ってみるか?
いやでも。人通りの少ない屋敷裏とはいえ、野生動物がバンバン行き来しているとも思えない場所である。粘ったところで、何もやって来ない気がした。
こんなことなら、ルルを追いかけ回す方が絶対に楽しい。なにこの無駄な時間。
やめ時を逃した俺は、走り回りたくなる衝動を必死に抑えて、根気強く紐を握りしめ続けていた。
「今いいところだから静かにして」
俺は今、とても真剣だった。自室にて、ケイリーに用意してもらった大きめのカゴと紐、そしてちょうど良い長さの棒を前にして、試行錯誤している最中であった。
ケイリーは、俺の指示した物を持ってくると、早々に部屋を出て行った。彼の中では、オリビアによる「テオ様から目を離すな」という頼みは一回限りのものということになっているらしい。オリビアが知ったら怒り出しそうだ。だが、ずっとケイリーに付きまとわれるのも嫌なのでオリビアには黙っておこうと思う。
ユナは、ぼんやりと床に丸まって眺めているだけで、手を貸してはくれない。まぁ、猫の手を借りるほど困ってはいないけど。
頭の中にあるイメージ図を実現するために頑張る。棒の先に紐をしっかりと結び付ける。多分こんな感じだったはず。
『なにしてるのさ』
「知りたいのか?」
そんなに知りたいなら、特別に教えてやらないこともない。作業の手を止めて、立ち上がる。腰に手を当てて、ユナを見下ろす。
「これはね、罠」
『罠……?』
意味不明と言わんばかりに目を見開くユナは、どうやら知らないらしい。得意になった俺は、猫相手にも優しく説明してやる。俺は前世の記憶がある賢い子なので。
要するに、あの典型的な罠を仕掛けたい。
カゴをひっくり返して地面に伏せるように置く。その一箇所を紐がついた棒で支えるようにして開けておく。獲物がカゴの中に入った瞬間を狙い、遠くから紐を引いてカゴの中に獲物を閉じ込めるというやつだ。
あれをやって、なにかを捕まえたい。捕まえるものは、庭に入り込んでいる動物でも魔獣でもなんでもいい。
張り切る俺とは対照的に、ユナは怪訝な表情だ。
『そんなバカみたいな罠に引っかかる奴なんていないよ』
「やってみないとわかんないだろ」
カゴの中には、厨房からこっそりくすねてきたパンを入れようと思う。簡単な罠なので、用意することはそんなにない。早速荷物を持って、庭に出る。後ろをついてくるユナは、ジトッと疑いの目を向けてくる。
玄関先の人の出入りが多いところには、野生の魔獣は近寄らないだろうと考えた末に、屋敷裏に移動する。
鬱蒼とした森の広がる屋敷裏は、ちょうど建物の影が広がり薄暗い。森の中には立ち入るなとオリビアから言い聞かせられているが、今日は森には入らないから大丈夫。
屋敷裏の雑草が生えた何もないスペースに、早速罠を仕掛ける。試しにユナで練習すれば、いい感じに捕獲できた。無理矢理付き合わされたユナは、少々表情が死んでいたが。
『こんなわかりやすい罠にかかる魔獣なんていないと思うけど』
「魔獣じゃなくてもいいの。なんか捕まえたい」
最悪、虫でもいいや。
カゴの中央にちぎったパンをパラパラ撒いて準備は完了である。
紐を伸ばして、近くの木の陰に座って待つ。隣に来たユナは、早くも暇そうに欠伸をしている。こいつは隙があれば、よくお昼寝をしている。
『飽きたら帰ろうね』
「捕まえるまで帰らない」
『はいはい』
面倒くさ、という小さな呟きが聞こえてきたが、無視しておいた。
頼りにならないユナは放っておいて、紐の端っこを握りしめた俺は固唾を飲んで待機する。息を殺して、じっとする。今か今かと目を輝かせていた俺であったが、数分もしないうちに気が散ってくる。
「……猫」
『なに』
「なにか面白い話して」
『なにその無茶振り。嫌だよ』
獲物は、なかなか姿を表さない。なんかもう飽きてきた。
罠を仕掛ける時はうきうきしていたはずだが、この待ち時間は一向に楽しくない。すんげぇ暇だ。ユナとお喋りして時間を潰そうとするが、やる気なし猫は目を閉じてお昼寝モードである。俺を置いて寝るんじゃない。
「猫。なんか魔獣捕まえてさ。あのカゴの中に入れてきて」
『それ、なにか楽しいの?』
「魔獣が無理なら虫でもいいよ」
『もう飽きたんでしょ?』
半眼になるユナから顔を逸らして、罠を凝視しておく。まったく動きのない罠を見つめていても、何も楽しくはなかった。
だが、俺から言い出した手前、やめようとは言いにくい。それに生意気ユナのことだ。俺が早々に諦めたと分かれば、鼻で笑ってくるに違いない。ペットにバカにされることは、俺のプライド的に許せない。
ここはもう少しだけ粘ってみるか?
いやでも。人通りの少ない屋敷裏とはいえ、野生動物がバンバン行き来しているとも思えない場所である。粘ったところで、何もやって来ない気がした。
こんなことなら、ルルを追いかけ回す方が絶対に楽しい。なにこの無駄な時間。
やめ時を逃した俺は、走り回りたくなる衝動を必死に抑えて、根気強く紐を握りしめ続けていた。