渋々お出かけの件を受け入れてくれた兄上であったが、準備があるからすぐには無理だと言ってきた。そんな後出しは卑怯だ。要するに、お出かけできるとしてもまだ先のことというわけだ。なんだか騙された気分である。

 準備バッチリであった俺は、拍子抜けした。ユナを見下ろせば『そりゃそうでしょ』と偉そうな答えが返ってくる。こいつは猫のくせして、妙に偉そうな時がある。

 オリビアだけではなく、騎士団を巻き込んだ大規模なお出かけになりそうな予感がする。それはそれで楽しいが、そのためにお出かけが先延ばしになるのはちょっと嫌。やっぱりひとりで出かけるとも言えないし、なんだか微妙な気分である。

「いつ行ける?」
「騎士団の予定もあるからな。そんなにすぐには無理だろう」
「本気で言ってる?」

 これはあれじゃないか。忙しいとかなんとか言って、結局は有耶無耶になってしまう流れのような気がしてきた。兄上は、たまにそういう卑怯なことをする。

 まぁ、その時はお父様に告げ口してやるまでだ。今日のところは、これで納得しておいてやろう。

「俺は今から庭で遊ぶけど。兄上も一緒に来る?」
「私は仕事がある」
「大変だね」
「テオは勉強があるんじゃないのか?」
「ないよ」

 こちらを睨みつけてくる兄上を適当に宥めて、いそいそと兄上の部屋を後にする。宣言通り庭へ出て、ルルを探すがどこにも居ない。

「鳥ぃ。一緒に遊ぼう」

 何度も呼ぶが、姿を見せない生意気な小鳥に腹を立てる。ユナにも探してこいと指示するが、動く気配がない。揃いも揃って生意気なペットしかいない。

「遊んでくれないとオリビアに言ってやる!」
『告げ口するしか方法がないの?』
「じゃあ他にどうするんだ」
『自力で探すとか? そもそもルルと一緒に遊ぶ必要なんてある?』
「鳥だけ仲間外れは可哀想だろ」
『いやいや。ご主人様の相手をさせられる方が可哀想だよ』
「どういう意味だ!」

 突然の悪口にカッとなる。
 拳を握りしめて、とりあえずユナを追いかけまわす。わぁっと勢いよく駆け出してテンションが上がる。

『やめて。追いかけてこないで』
「じゃあ逃げるなよ」
『逃げるよ、普通に』

 ぴゃあっと走りまわっていれば、いつの間にか騎士棟に到着していた。訓練中の騎士たちの声や、剣がぶつかり合う音が響いている。ぴたりと足を止めて、訓練場に目をやってみる。オリビアの姿を探して視線を彷徨わせるが、なかなか発見できない。

 そうしてふらふらしていれば『危ないよ』と、ユナが引き止めてくる。剣が飛んでくることを心配しているらしい。この間は、オリビアに無理矢理剣の練習をさせられてうんざりしたが、別に剣が嫌いなわけではない。剣を振る騎士のことは素直にかっこいいと思うし、見ているのも楽しい。

 だが、実際に自分が振るうとなれば話は別だ。訓練は大変そうだし、なにより間近でみる剣は大きくて重くて怖い。ぼけっと訓練場の端っこに突っ立って見学してみるが、俺にあんな動きはできないだろう。それよりは魔法の方に興味がある。

「おや、テオ様」
「副団長」

 黙って見学する俺に気が付いた副団長デリックが、こちらに歩み寄ってくる。

「おひとりですか?」
「猫も一緒」

 足元で、ユナが己の存在をアピールするかのように尻尾を振っている。ピンと立った尻尾を、ぎゅっと掴んでみる。『にゃ!』と鋭い声がした。

『いきなり尻尾を触るんじゃない!』
「いいじゃん。尻尾くらい」

 ケチなユナは、ひらりと俺の手をかわして副団長の後ろに隠れてしまう。

「ケチなペットだな」
『横暴な主人だな』

 言い返してくるユナを、すかさず蹴ろうと頑張るが、副団長が邪魔で失敗してしまった。

「副団長は何してるの。サボり?」
「違いますよ。テオ様の姿が見えたので」

 どうやら危ないと注意をしに来たらしい。剣が飛んできたらどうすると、ユナと同じことを言ってくる。

「副団長はさ。美味しいパン食べたくない?」
「え?」

 怪訝な顔をする副団長に、俺は詰め寄る。

「美味しいパン食べたいかぁ!?」

 うわぁっと両手を上げて問い掛ければ、副団長はひくりと頬を引き攣らせる。

「えっと。よくわかりませんが。美味しいパンはいいですよね」
「そうだろう」

 ふんっと胸を張るが、副団長は微妙な表情である。だが、俺はいいことを思いついた。この副団長を味方にして、お出かけできないだろうか。要するに兄上は、騎士団の予定があるからすぐにお出かけはできないと言っていた。であれば、副団長がいいと言えば早くお出かけできるのでは?

 突然降ってきた天才的な考えに、俺はニヤリと口角を上げた。