「兄上に勝ったぞ!」
『またくだらないことをして』

 半眼で呆れた声を吐き出すユナを叩いてやろうとするが、生意気猫はするりと俺の攻撃をかわしてしまう。

「逃げるな!」
『いや普通に逃げるでしょ』

 兄上は基本的に俺に対して上から目線だ。おまけに俺より力も強い。喧嘩になれば毎度俺が負けてしまう。兄上は十七歳。俺は七歳。歳の差を考慮して、もうちょい手加減してくれてもいいのに、なんて大人気ない兄なのか。

 兄には勝てないと早々に悟った俺は、別の手段を考えた。それが、お父様やお母様への告げ口である。俺に対しては強気の兄上も、両親相手だとそうはいかない。
 どうしても腹の立つ出来事があった時、俺は真正面から兄上と戦うのではなく、両親に告げ口するという必殺技を覚えたのだ。効果は抜群。俺のことを猫可愛がりしている両親は、俺のことを慰めてくれるし、運の良い時にはお菓子も貰える。昨日も、お父様が美味しいお菓子をくれた。兄上の分はない。

 勝ち誇った笑みを浮かべる俺。

 俺の勝利エピソードを聞かせてやろうとルルを探すが、姿が見えない。あいつはこっそりと行動することが得意らしい。思えば、オリビアはずっと俺の側に監視としてルルを置いていたらしいが、俺の方は言われるまでまったく気が付かなかった。

 多分だけど、今もこっそりどこかから俺の様子を見ているに違いない。最近では俺の前に姿を現すことも増えていたルルだが、俺と一緒に遊びたくないらしくて、こうやって隠れて見張りをすることも増えてきてしまった。俺としては、遊び相手の鳥が減ってすごく不満。

 出てこいと叫ぶのだが、一向に出てこない。愛想の悪い鳥である。ついでに口も悪いし。

「ケイリー! 兄上に勝ったぞ!」

 仕方がないので、ケイリー相手に自慢しておく。胸を張る俺に対して、ぱちぱちと控えめに拍手をした彼は「さすがテオ様でございますね」と、にっこり微笑んでくる。

「もう兄上なんて敵じゃないもんね」
『はいはい。よかったね』

 くわぁっと朝から大きな欠伸をするユナを抱き上げて、椅子に乗っけてやる。

 ケイリーは仕事があるらしく部屋を出て行ってしまう。彼は昨日、オリビアに俺から目を離すなと強めに言われていたのだが、いいのだろうか。まぁ、俺としてもお目付け役がずっと側にいるのは居心地が悪い。ケイリーは、マジで部屋に居るだけで俺と遊んではくれないし。

 ひとりと一匹になってしまった。

 きょろきょろと周囲を見渡して、念の為部屋のカーテンを全部きっちり閉めてしまう。薄暗くなった室内に、ユナがビビっている。

『なんでカーテン閉めるの』
「だって。外から鳥が見ているかもしれないだろ」

 たとえば窓辺にある木の枝にルルが止まっているかもしれない。あいつはすぐにオリビアへと告げ口に行ってしまう。警戒するに越したことはない。

 戸棚を開け放って、小さめバッグを取り出す。中に隠してある袋には、俺がこっそり貯めている硬貨が入っている。先日、街へお出かけした際に一度使ったきりで、まだまだたくさん残っている。

「この前、クレアに会ったでしょ」
『あのパン屋の子?』
「そう。また会いたい」
『無理でしょ』
「なんで?」
『なんでって。普通に考えて無理でしょ』

 普通ってなんだよ。猫のくせに訳のわからないことを言うんじゃない。

「あと、またあのパン食べたい」
『そんなに美味しかったの?』
「うん。美味しかった。あとクレア優しい」
『クレアに会いたいだけじゃん』

 いいじゃないか、別に。
 だって優しいお姉さんだぞ。普通に会いたい。オリビアもお姉さんだが、あいつは優しくない。すぐに俺のことを睨みつけてくる物騒なお姉さんだ。

「もう一回さ。こっそり街に行こうよ」
『絶対にダメ』
「いいじゃん。行こうよ」
『ダメなものはダメなの。我儘言わない』

 偉そうに諭してくるユナに、ムスッとしてしまう。こいつは単なる魔獣で俺のペットなのに、俺の言うことを全然聞いてくれない。

 硬貨の残りを数えてみる。結構な額だ。パン屋で買い物くらいは余裕の額だ。

「でもな。あのちっこい鳥もいるしな」

 一番の問題はそれである。たとえ姿が見えなくても、あいつは俺のことを監視しているに違いなかった。あの鳥の目をかいくぐって、再び街に出るのは骨が折れる。それこそ前回同様、鳥籠にでも捕獲しておく必要があるが、警戒心の高まっているルル相手にそれは難しそうである。

「兄上に頼んだら良いって言わないかな?」

 ふとした思い付きを口にすれば、ユナが『それは。こっそり外出するよりは、よっぽどいいけど』と悩むような素振りをみせる。

 こっそりお出かけするから怒られるのであれば、兄上の許可をもらって堂々とお出かけすれば良い気がしてきた。パン屋に行くくらいなら、許してもらえないだろうか。最悪、両親に頼むという手もある。

「兄上に頼んでみようかな」
『そうだね。それがいいね』

 無断外出という強硬手段よりはマシだと考えたのだろう。やる気のなかったユナが突然賛成してきた。