ケイリーは、オリビアに頼まれた通り、俺から目を離さなかった。だが、彼は本当に俺から目を離さないだけで、全然一緒に遊んでくれない。今だって、壁際に突っ立っているだけで、俺の近くにも寄ってこない。明らかに距離を取られている。物理的に。そんなケイリーとどうにか遊ぼうと、俺はじりじりと時間をかけて寄っていく。

「ケイリー。鳥と猫どっちが好き?」
「そうですね。どちらも可愛らしいですね」
「どっちが好きなのぉ!?」

 俺が質問するのに、ケイリーはまともに答えてくれない。俺そんなに難しい質問したか? にこやかに微笑むばかりで、適当に流してしまう。ケイリーは、割と秘密主義者だと思う。自分のことは滅多に語らないし、雑談もしない。しょっちゅう顔を合わせているのに、ケイリーのことはよく知らない。

 普段は俺のお世話をテキパキこなして、また別の仕事へと向かってしまう。こうやって、用事もないのに俺の部屋に彼が居座っていることは珍しい。

「ケイリー。俺は猫の方が好き。でもこの鳥はお喋りするから特別に遊んでやっている。俺、喋る動物は結構好きだから」
「テオ様はお優しいですね」
『どこがだよ』

 そのお喋り鳥は、ケイリーの言葉に納得がいかないらしい。相変わらず高い棚の上から、偉そうにこっちを見下ろして、時折文句を挟んでくる。

「おい! 鳥! おりてこい!」
『誰がおりるかよ。オレは追いかけまわされるのはごめんだぞ』

 生意気なルルは、そう言ってそっぽを向いてしまう。

「ケイリー! あの鳥捕まえて」

 困った俺はケイリーに頼んでみるが、彼は少し困ったように眉尻を下げるだけで、動きはしない。こいつ、もしかして俺と遊ぶ気ないのか? 確かにオリビアは、俺から目を離すなと言っただけで遊んでやれとは言っていない。だが、俺はケイリーと遊びたい。ひとり奮闘していれば、ケイリーが話を逸らすかのように、わざとらしく声をかけてくる。

「テオ様。庭で遊んでお疲れになったのでは? 水分をとった方がよろしいかと」
「飲む」

 ちょうど遊びまわって喉が渇いていた。ハッと思い付いて、猫を見る。床でのんびり丸まっているユナは、もふもふの毛も相まって暑そうだ。

「猫も水飲むか?」
『ボクはいいよぉ』
「遠慮せずに」
『遠慮じゃないよ』

 やる気なく転がるユナを見下ろして、次にケイリーを振り返る。

「ケイリー! 猫の水も持ってきて」
「かしこまりました」
『いらないってば』

 ケイリーは、すぐに戻ってきた。俺の分の飲み物と、猫用の水。冷たい水を一気飲みして、次に猫用の平たい皿に入った水を床に置く。遠慮して動かないユナを引きずって、皿の前まで連れて行く。『やめて』と文句が聞こえてくるが、無視しておいた。

 そうしてユナを皿の前に座らせて、俺はその向かいを陣取る。じっとユナのことを凝視すれば、ユナは渋々といった感じで水を飲み始める。

「美味しいか?」
『うん。普通』

 そうか。普通なのか。
 それにしても、暑そうだな。きょろきょろと周囲を見回した俺は、立ち上がって戸棚へと近寄る。引き出しを開けて、お目当ての物を探し出して手に取る。

 灰色のもふもふ猫は、多分暑い思いをしているに違いない。大変そうだな。俺はユナの飼い主である。きちんと面倒を見てやらないと飼い主失格だろう。

 ふんふんと鼻歌まじりにユナへと近付けば、俺の上機嫌に気がついたユナが目を丸くする。

『ちょっと待った、ご主人様』
「俺が助けてやるからな」
『すごく余計なお世話だよ!?』

 チョキチョキと、手にしたハサミを動かす。毛を刈れば、少しは涼しくなると思うのだ。また冬になったら生えてくるだろうし問題はない。

「ケイリー。猫のこと押さえておいて」
『やめて!』

 突然、あちこち逃げまわるユナ。すごい勢いで室内を駆けまわる。

 突如として始まった追いかけっこに、俺はテンションが上がる。待てと走り出せば、すかさずケイリーが俺の手からハサミを取り上げてくる。

「待て、猫ぉ」
『やめて。前から思っていたんだけどさ、ご主人様ってなんで走るものを追いかけまわすの。なにその習性』

 習性とはなんだ。失礼だな。
 そのまま頑張ってユナを追いかける。先程はオリビアに邪魔をされたせいでうやむやになってしまった追いかけっこが再開できて、俺は大変満足であった。