”先輩、4時30分体育館裏来てください!話したいことがあるんです”

”おけ!行くわ!”

ついに、その時は来た。


「行ってらっしゃい、美織。応援してるからね。ここで待ってる」

「ありがと。…じゃあ、行ってくる」

約束の4時30分。
手には、青色のリボンを結んだ桜色の大事な箱を持って。
私は体育館裏へと急いだ。

西日の差す体育館裏。
約束の時間ぴったりに、彼は来た。

「あ、待たせちゃった?」

そう言って笑う先輩の顔が少しこわばって見えたのは、気のせいだと思う。

「いえ、さっき来たばっかですっ…」

「話したい事って、なに?」

「あ、えっと、これっ…」

桜色の箱を差し出す。

「え、まじで!?くれんの?」

「はい」

「わー、嬉しい!」

ぱっと花が咲いたように、先輩は笑った。
私の大好きな笑顔で。

「え、っと…」

香苗と練習した言葉。
大丈夫、言える。
言え、私。行けっ―

「あの!私、先輩のことが、ずっと前から、好きでした…!だから、もしよかったら私と、付き合ってくれませんか…?」

言った。言えた。

心臓が痛い。
これでもかというぐらいにどくどくと激しく動いている。
寒さと緊張が入り混じって、手も足もガクガクと震えだした。
怖いのと、恥ずかしいので、先輩の顔をまともに見ることができない。

「……」

お互いに沈黙が続く。
ヒュオオ、と冷たい風が首を撫でていった。

どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。
ふいに先輩の声がした。

「俺でいいなら。よろしくね」

「え…」

思わず顔をあげる。と、私の大好きな笑顔を顔に浮かべている先輩がいた。
でもなぜか、すごく、変な感じがした。
言葉にできない感情が頭の中で渦を巻く。

先輩、今、なんて言ったんだろう。

「俺のこと、好きでいてくれたの?」

とっさに言葉が出なくて、うなずくことしかできなかった。
すると先輩が近づいてきて、私をぎゅっと抱きしめた。

「俺も、美織ちゃんのこと、好き」

先輩はそう言うと、私の頭をゆっくりと優しくなでた。

「っ…」

なんだろう。この感情。
口の中に苦い味が広がる。
感情の名前がわからない。けど、すごく怖かった。

どうして?
何で怖いんだろう、わかんない。
怖い。
どういうこと…?

どんどんあふれる黒い感情が私の胸をいっぱいにする。
それがばれないように、半歩下がった。

「まだ行かないで」

ぎゅっと、さっきよりも少しだけ強い力で先輩が私を抱きしめた。

怖い。なんで?
わかんない。怖い。

涙があふれそうになって、目をつぶる。

教室に戻りたい。
香苗、怖いよ、助けて…!

「…ひ、人、来ちゃう…から、戻りませんかっ…?」

口がからからに乾ききっていて、うまく言えなかった。

「そうだね、じゃあまた明日ね」

「はい…」

逃げるように先輩から顔を背ける。
センブリ茶を飲んだのかというぐらいに、口の中は苦くて、吐き気がした。
足がさっきよりも震えて、うまく走れない。
怖い理由も、震えている理由も、分からなかった。
いや、本当はその感情の正体に薄々気が付いている。
でもそれを受け入れたら、きっと私は最低人間になってしまう。

どうやって教室まで戻ったのか覚えていない。
いつしか、私の目の前には香苗がいた。

「おー、おかえっ―…えっ…、なんで、泣いてるの…?」

「え…?」

頬に手をやると、確かに濡れていた。

「もしかして、フラれた…?」

「ち、がうの、かなえっ…、かなえぇっ…」

香苗を見たら安心して、涙があふれて止まらなかった。
香苗の顔が涙でぼやけて見えなくなる。

「え?違うの?あ、OKされたからうれし泣き?」

「違う、わ、私っ…」

その先を言えない。だって、言ったら…

「どうしたの?ゆっくりでいいからさ、美織のペースで話しな?」

「言ったらっ…わたしっ、すっごくさいていっ…」

香苗は何も言わずに私の背中をさすってくれた。
それは優しくて、温かくて、心地よかった。

「わたし、私ねっ…、蛙化、しちゃったっ…」