翌日、八子は通学路で奏に声を掛けられる
「おはよう八子さん」
「奏先輩」
「あらもう顔覚えてくれたの」
「もちろんです」
奏は八子の背中を見る
八子はギグバッグを背負っている
「ギターなに使っているの」
「ディアンジェリコのセミアコです」
「初めて聞いた」
「楽器店で見掛けて
その時は2万円くらいの初心者セット買ったんですけど
いつか欲しいなと思って」
「他には?」
「今はそれしか持っていないです」
「なるほどね
私もセミアコならカジノ持ってるよ」
「そうなんですか」
「有名な割に安いんだよね」
「確かに」
「何回か使っているけど
基本的にはジャズマスターかな」
校門が近くなると、自転車に乗った鶴美が現れた
「おはようございます部長」
「おはよう」
鶴美は自転車を降り、二人と並んで歩く
意図せず、先輩二人に挟まる形となった八子は縮こまる
「八子ちゃんはバンド決めたの」
「一人声掛けてみようかと」
「昨日の耳が聴こえない子」
「生徒会だと知っているんじゃない」
「えっ生徒会なんですか」
「庶務だよ庶務
議員みたいなもんよ」
「凄い」
鶴美は照れたような顔になる
「まぁ一年生となるだろうな」
「そうですか」
「私も興味あるなその子」
「ですよね」
八子は少し心配そうな顔をする
「でもオーディション受けられるでしょうか」
「演奏の上手い下手は関係ない
ライブの流れをやってもらうだけだから」
「そうなんですね」
「だいたい落ちるのは挨拶忘れ
あとセッティングに時間が掛かる」
「厳しい」
「私は一発合格だけど」
奏は誇らしげな顔をする
「リッサがドラムの組み立て方が分からずハイハットだけで誤魔化したのはウケる」
「次のライブもハイハットだけでした
『あなた達がそれをドラムセットと言うなら次のライブまでそれでいきなさい』って」
「あらら」
「かくいう私も興奮して夏海の顔面にギターをぶつけて審査落ちたがな」
「まぁ審査も大事だけどその先の出演オーディションも忘れずに」
「ホール公演ですか」
「一年生は一組だけだからね」
昨日の見学者が全員入部したらかなり熾烈な競争だ
「ちなみに副賞は副部長の椅子です」
「副部長から部長はそのまま昇格する」
「つまり私が次の部長
グッバイ鶴美部長」
「不安だな」
「えぇひどいですー」
鶴美は八子の頭を力強く撫でる
「頼りにしているよ部長」
「私が次の部長ですー」
八子は次の副部長は響がいいと願っていた
※
放課後の部活動はレクリエーション室でミーティングから始まった
コの字型の机に2・3年生だけが座り、一年生は後ろに一列に並ぶ
昨日の入部希望者から数が減って10人が入部し、この後、新たな入希望者が一人見学する予定だ
「ではミーティングを始めます
一年生は秘密保持契約にサインありがとうね
デビューしている子がいるから必要でね」
八子も先刻サインをし、入部届と共に提出した
鶴美は立ち上がる
「まず、各バンドの報告から始めます
私達、アキノヨナガから報告します」
鶴美は淡々と、活動の報告を始めた
メジャー・デビューをしているバンドだけに、単独全国ツアーやらサーキット型音楽フェスの出場やら、やたら規模間の大きな報告が続いた
「以上で報告を終わります」
軽い拍手が起こり、次のバンドの報告が始まる
締めに奏が立ち上がる
「最後は私達、ー1(マイナーファースト)です
この度、下北沢レコードと契約しました」
教室はしんと静まり返る
「反応薄くないですか
胴上げにビール掛けでしょ」
「スタートに立ったばかりなのにもうクライマックスなの
日本のロック舐めるんじゃないわよ」
「えぇ頑張って先輩に追いついたのに」
「偉いな」
「ワンワン」
「コラッ!!
甘やかさないの」
「先生厳しいー」
砕けた調子で始まったが、その後は真面目に報告が行われた
「私達も全国ツアーを予定しています
初日は八月の上旬に高知でファイナルは12月のクリスマスに渋谷でやります」
鶴美のバンドも奏のバンドも、文化の拠点が東京だけに、活動は大移動になる
もしも、自分達のバンドがヒットしたら――
新入部員の間に焦りが伝わる
円は不穏な空気を察したのかフォローをする
「皆頑張っているから結果が返ってきたのよ
今は部活の事だけを頑張りなさい
プロになる夢も大切だけど目の前の坂を全力で駆け上がらなくちゃ」
鶴美は新入部員達を好戦的な目で見る
「子は親を殺して大人になる
皆さんに殺される心配はなさそうですが」
新入部員は、とりあえず、家の戸締りだけは忘れないようにしようと思った
※
ミーティングが終わると、体験入部を希望する生徒が入って来る
ボサボサの髪だが、不潔さのなく、お洒落なヘヤスタイルと言われれば納得する。目鼻の整った顔はまさにファッションモデルだ
円は手を叩く
「皆さんちょっと足を止めて
今日の体験入部希望者の高橋航海(タカハシコウカイ)君です」
高橋航海は軽く礼をする
「よろしくです」
八子と響以外の新入部員は大げさにリアクションを取ると、どっと彼を取り囲むように接近した
「ボカロPのドエスさん」
「そうですけど」
「えぇ!!
私こないだライブ行きました」
「私はノベライズ本全巻持ってます」
「あざす」
「楽器はなにができるの」
「キーボードとギター
自分で曲作るためにやっているんで
あんまりバンドとか分からないかな」
「手取り足取り教えるんでバンド組みませんか?」
「えっとまだ見学なんだけど」
「遠慮すんな」
八子は響に問い掛ける
「有名人?」
「ここ数年、ヒットしているボカロP
童話的な世界観がウケているとか」
響はスマホの画面を見せる
「CS MV 「自罰と神罰」初音ミク/オリジナル」と書かれた動画投稿サイトの画面だ
「シーエス?」
「元々小学生の頃に試しに投稿した動画のタイトルがきっかけなんだよ
ボカロP名が不明だからドエスで名付けられたの」
Cは英語でドレミのドだ
八子はやっと合点のいった顔をする
「1年生達
今日はあくまでも見学ですからね」
「はい」
その時、扉が開き、ミナカが顔を出す
「円先生
軽音楽部に入部する子です」
円は目を大きく見開く
「あら私ったら大変
大事なこと伝え忘れてたわ」
「もうしっかりしてくださいよ」
「ごめんねぇ」
火花が教室に入るとミナカは扉を閉め職員室へ戻る
円は火花を手差しする
「1年生ちゃん
せっかく盛り上がっているところ悪いんだけど
新しい部員紹介してもいいかしら」
鶴美は大きな声を出す
「全員集合」
一年生は後ろに下がり、先輩方が前に並ぶ
火花はおろおろと周りを見る
円は火花にチョークを渡す
火花は黒板に名前を書く
「えっとね
火花さんは耳が聴こえないの」
黒板に「1年3組南火花」
丁寧に名前にフリガナが振っている
「今日の職員会議で話をしたの
安全面から個別に授業受けさせているんだけど
生徒と交流の機会を減らすのは可哀そうじゃないって」
火花は円の顔を不安そうに見る
「八子さんのお話を思い出して
軽音楽部に入部させたらどうかと提案したの
後は本人次第って結論になったけど
どうやら本人もやってみたいと言っていて」
火花は黒板に大きく文字を書く
「よろしくお願いします」と
「組めないなら組めないって正直に言って欲しいの
正直に言わないとお互い苦しくなるでしょ
1年生はよく話し合ってこれからの活動について決めてください」
1年生は返事をする
「じゃそういうことでお願い」
「礼」
「ありがとうございました」
円は教室を後にする
先輩方も続いて教室を出る
鶴美は火花に声を掛けようとする
奏は鶴美の袖を引っ張りなにやらひそひそと話す
鶴美は納得したらしく奏と共に教室を出る
大方、一年生に任しておこうと話をしたのだろう
取り残された1年生
女子生徒は場を仕切る
「とりあえず片付けしてファミレス行こうか」