球技大会当日、健後と俊は順調に勝ち進み、決勝戦で当たることになる
通常のサッカーと異なる点も多く、試合時間は30分、ハーフタイムで選手は総入れ替えになる
どちらの組も作戦は同じだ。経験者を後半に回す。図らずとも俊と健後は相対することになった
前半は0対0で終わり、このまま引き分けならPK戦となる
試合開始のホイッスルが鳴り、俊のクラスが攻撃を始めた
「俊パス」
遠くから飛んでくるボールを俊はスムーズに前へ運ぶ
すぐに健後がボールを奪おうと駆け寄っていく
徐々に徐々に左側のサイドラインに近付く
俊の周りに人が集まり、代わりにゴール前に小さな空間が出来る
「よし」
俊はフェイントを交えゴール前に走って来る生徒にボールを蹴る
しかし、相手は立ち止まるとあらぬ方向を向いた
蹴ったボールはまんまと相手チームに奪われてしまう
「なんでだよ」
「悪ぃー」
俊はすぐにボールに近付き相手選手をブロックをする
ボールは取り返せたが健後が肩をぶつけてくる
自分が衰えたのか、健後が上手いのか
足元でボールが行ったり来たりを繰り返す
考える暇はない。少しの緩みを見つけ、思いっきり蹴りだす
健後はボールの落下地点へ一直線に走り出す
反射的であった。俊は健後のゼッケンを引っ張る
審判の生徒はすぐに笛を鳴らす
「ファウル」
※
健後は足を止める
俊も姑息な手を使うようになったものだ
もう一度仕切り直して試合が再開すると、健後はボールを誰にも渡さず走り出した
ゴール横、ほぼ垂直の位置でシュートを放つ
まるで意思をもったかのように綺麗な弧を描き、ゴールキーパーの頭上をかすめ、点を決める
健後はクラスメイトとハイタッチをする
自分は主役になれないと卑屈な自分は消え失せていた
防御には徹しない。次も点を奪う
静かにホイッスルが鳴るのを待った
※
奏はバトミントンの試合を終えて水飲み場に向かう
女子の試合は楽でいい
適当にやって負けても誰も文句は言わない
「男子マジになりすぎ」
女子生徒の声が聞こえる
見れば、グランドの方に人だかりができている
昼休み前最後の種目はサッカーの男子決勝だ
教室からも観戦している人が多く、歓声が飛び交う
奏はグラウンドに近付く
俊と健後が戦っているのが見える
まるで将軍と兵士だ。押して引いてと波のように攻防が続く
思えば、二人がサッカーをしているのを見るのは初めてであった
奏は真剣な横顔にどこか不安を覚えた
このままサッカーを続けてしまいそうな雰囲気に焦燥を感じる
大丈夫。これは遊びだ
そう言い聞かせるが、思考はネガティブな方向へ、ずるずると引き込まれる
※
残り1分――
サッカー部部員の体力なら余裕そうだが、ブランクのある俊は限界が来ていた
元からフィジカル重視の戦い方は苦手であった
得点パターンを考え、いかに仲間を誘導するか
それが俊にとっての王道な戦い方である
力や技で押し切るのはどうも分が悪い
俊の足もとにボールが転がる
前から4人、等間隔に迫って来る
一度後方へ下げてサイドから回り込む
しかし、そんな時間はもうない
俊はぐっと上半身を低くして、突っ込むかのように正面突破をする
このまま人が集まる前に――
俊はゴールキーパーと目を合わせ、シュートを打つ方向と別の方へ見る
右足をボールの上で蹴り上げ、くるりと回転する
ゴールキーパーの体が傾くのを見て逆方向へシュートを放つ
「よし決まった!!」
そう思った瞬間、急にゴールが傾いた
勢いを失くしたボールはラインぎりぎりでゴールキーパが食い止める
※
健後はシュート直前、俊の左足くるぶしより上を目掛けて蹴った
そのまま倒れ、右手首を骨折する
折れた骨が皮膚を突き破ったのだろうか
僅かに血の匂いがする
女子生徒の悲鳴や体育教師の怒声が耳をつんざく
「救護担架――」
健後は呟く
「俺今クソだせー」
せっかく主役になれたのに。また俊に取られそうになって動いてしまった
姑息なのは自分の方だ。胃のむかつきから後悔を吐き出しそうだ
※
俊と健後は救急車で運ばれ、学校近くの病院に入院することになった
先に健後は怪我の治療を終えベッドで休み、続いて俊が連れてこられた
2人部屋はカーテンで仕切られている
「健後そこにいるのか」
「あたりめーだろ」
「今日さ気が付いたんだ
俺がサッカーを楽しいと思えたのは皆が悔しいと思ってくれたおかげなんだって」
「俊は悔しいと思たことはないのか」
「あたりめーだろ」
「そうだろう」
「そうだった」
健後は窓の外を見る
雲一つない夕暮れの空が広がっている
「ありがとう」
「なにが」
「一緒にサッカーやってくれて」
「俺は凄い窮屈な思いだったぜ
だけど卑屈になりすぎた」
健後はカーテンを引っ張る
「主役になれない人間なんていない
主役になろうと思えば主役になれる
だから俺は逃げない」
俊は優しそうな表情で涙を流す
健後はゆっくりと体を伸ばし、俊に握手を求める
「もう一度俺と信頼する仲間にならないか」
俊は健後と握手をする
「最初から信頼しているよ」
試合は0対1で俊のクラスが勝った
そんなことどうでもいいぐらいに飛行機は空に雲を付けた
※
奏は停学明けにサッカー部の練習場所へ向かった
初日から授業を受けるのも空気に耐えられない
それに俊の事が気がかりだ
今一番に会いたいと思っていた
俊は奏に気が付いてコーチに声を掛ける
「すいません
ちょっとへばって」
「暑いからな
10分だけだぞ」
「あざす」
俊は奏を手招きする
奏は俊の後に続き、グラウンドから見えない場所へ移動する
俊は振り返ると奏を心配そうな表情で見る
「どうした」
奏は少し不貞腐れたかのように問う
「バンドよりサッカーがいいの」
「バンドがいいに決まってんだろ」
「じゃあなんで」
「お別れを言わないといけないから」
奏ははっとなる
「頭の中の」
「そう俺が王子様
自分で言って照れるな」
奏は頭を下げる
「ごめん
俊君だって知らなくて」
「いいよ」
俊は奏の頭を撫でる
「寂しい思いさせて悪かったな」
「今も寂しい」
「ごめん本当に
上手くいくと思ってた」
「言葉にしてくれないと気が付かないでしょ」
「そうだよね」
奏は顔を上げる
「やっぱり駄目なの」
「前に進もう」
俊は奏の顎に触れると静かに口付けをした
奏は過去を思い出し胸の中に温かいものが溢れる
「奏のことが好きだった」
「私も俊君のことが好きだった」
俊は優しく微笑む
「歩こうか」
「・・・うん」
俊はゆっくりと前へ歩き出す
これからも学校で会えるのに、奏は俊の背中を名残惜しそうに見る
俊は左腕を上げ、人差し指を立てる
「俺達がナンバーワン」
奏は泣き笑いをする
通常のサッカーと異なる点も多く、試合時間は30分、ハーフタイムで選手は総入れ替えになる
どちらの組も作戦は同じだ。経験者を後半に回す。図らずとも俊と健後は相対することになった
前半は0対0で終わり、このまま引き分けならPK戦となる
試合開始のホイッスルが鳴り、俊のクラスが攻撃を始めた
「俊パス」
遠くから飛んでくるボールを俊はスムーズに前へ運ぶ
すぐに健後がボールを奪おうと駆け寄っていく
徐々に徐々に左側のサイドラインに近付く
俊の周りに人が集まり、代わりにゴール前に小さな空間が出来る
「よし」
俊はフェイントを交えゴール前に走って来る生徒にボールを蹴る
しかし、相手は立ち止まるとあらぬ方向を向いた
蹴ったボールはまんまと相手チームに奪われてしまう
「なんでだよ」
「悪ぃー」
俊はすぐにボールに近付き相手選手をブロックをする
ボールは取り返せたが健後が肩をぶつけてくる
自分が衰えたのか、健後が上手いのか
足元でボールが行ったり来たりを繰り返す
考える暇はない。少しの緩みを見つけ、思いっきり蹴りだす
健後はボールの落下地点へ一直線に走り出す
反射的であった。俊は健後のゼッケンを引っ張る
審判の生徒はすぐに笛を鳴らす
「ファウル」
※
健後は足を止める
俊も姑息な手を使うようになったものだ
もう一度仕切り直して試合が再開すると、健後はボールを誰にも渡さず走り出した
ゴール横、ほぼ垂直の位置でシュートを放つ
まるで意思をもったかのように綺麗な弧を描き、ゴールキーパーの頭上をかすめ、点を決める
健後はクラスメイトとハイタッチをする
自分は主役になれないと卑屈な自分は消え失せていた
防御には徹しない。次も点を奪う
静かにホイッスルが鳴るのを待った
※
奏はバトミントンの試合を終えて水飲み場に向かう
女子の試合は楽でいい
適当にやって負けても誰も文句は言わない
「男子マジになりすぎ」
女子生徒の声が聞こえる
見れば、グランドの方に人だかりができている
昼休み前最後の種目はサッカーの男子決勝だ
教室からも観戦している人が多く、歓声が飛び交う
奏はグラウンドに近付く
俊と健後が戦っているのが見える
まるで将軍と兵士だ。押して引いてと波のように攻防が続く
思えば、二人がサッカーをしているのを見るのは初めてであった
奏は真剣な横顔にどこか不安を覚えた
このままサッカーを続けてしまいそうな雰囲気に焦燥を感じる
大丈夫。これは遊びだ
そう言い聞かせるが、思考はネガティブな方向へ、ずるずると引き込まれる
※
残り1分――
サッカー部部員の体力なら余裕そうだが、ブランクのある俊は限界が来ていた
元からフィジカル重視の戦い方は苦手であった
得点パターンを考え、いかに仲間を誘導するか
それが俊にとっての王道な戦い方である
力や技で押し切るのはどうも分が悪い
俊の足もとにボールが転がる
前から4人、等間隔に迫って来る
一度後方へ下げてサイドから回り込む
しかし、そんな時間はもうない
俊はぐっと上半身を低くして、突っ込むかのように正面突破をする
このまま人が集まる前に――
俊はゴールキーパーと目を合わせ、シュートを打つ方向と別の方へ見る
右足をボールの上で蹴り上げ、くるりと回転する
ゴールキーパーの体が傾くのを見て逆方向へシュートを放つ
「よし決まった!!」
そう思った瞬間、急にゴールが傾いた
勢いを失くしたボールはラインぎりぎりでゴールキーパが食い止める
※
健後はシュート直前、俊の左足くるぶしより上を目掛けて蹴った
そのまま倒れ、右手首を骨折する
折れた骨が皮膚を突き破ったのだろうか
僅かに血の匂いがする
女子生徒の悲鳴や体育教師の怒声が耳をつんざく
「救護担架――」
健後は呟く
「俺今クソだせー」
せっかく主役になれたのに。また俊に取られそうになって動いてしまった
姑息なのは自分の方だ。胃のむかつきから後悔を吐き出しそうだ
※
俊と健後は救急車で運ばれ、学校近くの病院に入院することになった
先に健後は怪我の治療を終えベッドで休み、続いて俊が連れてこられた
2人部屋はカーテンで仕切られている
「健後そこにいるのか」
「あたりめーだろ」
「今日さ気が付いたんだ
俺がサッカーを楽しいと思えたのは皆が悔しいと思ってくれたおかげなんだって」
「俊は悔しいと思たことはないのか」
「あたりめーだろ」
「そうだろう」
「そうだった」
健後は窓の外を見る
雲一つない夕暮れの空が広がっている
「ありがとう」
「なにが」
「一緒にサッカーやってくれて」
「俺は凄い窮屈な思いだったぜ
だけど卑屈になりすぎた」
健後はカーテンを引っ張る
「主役になれない人間なんていない
主役になろうと思えば主役になれる
だから俺は逃げない」
俊は優しそうな表情で涙を流す
健後はゆっくりと体を伸ばし、俊に握手を求める
「もう一度俺と信頼する仲間にならないか」
俊は健後と握手をする
「最初から信頼しているよ」
試合は0対1で俊のクラスが勝った
そんなことどうでもいいぐらいに飛行機は空に雲を付けた
※
奏は停学明けにサッカー部の練習場所へ向かった
初日から授業を受けるのも空気に耐えられない
それに俊の事が気がかりだ
今一番に会いたいと思っていた
俊は奏に気が付いてコーチに声を掛ける
「すいません
ちょっとへばって」
「暑いからな
10分だけだぞ」
「あざす」
俊は奏を手招きする
奏は俊の後に続き、グラウンドから見えない場所へ移動する
俊は振り返ると奏を心配そうな表情で見る
「どうした」
奏は少し不貞腐れたかのように問う
「バンドよりサッカーがいいの」
「バンドがいいに決まってんだろ」
「じゃあなんで」
「お別れを言わないといけないから」
奏ははっとなる
「頭の中の」
「そう俺が王子様
自分で言って照れるな」
奏は頭を下げる
「ごめん
俊君だって知らなくて」
「いいよ」
俊は奏の頭を撫でる
「寂しい思いさせて悪かったな」
「今も寂しい」
「ごめん本当に
上手くいくと思ってた」
「言葉にしてくれないと気が付かないでしょ」
「そうだよね」
奏は顔を上げる
「やっぱり駄目なの」
「前に進もう」
俊は奏の顎に触れると静かに口付けをした
奏は過去を思い出し胸の中に温かいものが溢れる
「奏のことが好きだった」
「私も俊君のことが好きだった」
俊は優しく微笑む
「歩こうか」
「・・・うん」
俊はゆっくりと前へ歩き出す
これからも学校で会えるのに、奏は俊の背中を名残惜しそうに見る
俊は左腕を上げ、人差し指を立てる
「俺達がナンバーワン」
奏は泣き笑いをする