午後6時30分を告げるアラーム音
奏は目を開き、ゆっくりと起き上る
分厚いカーテンで仕切られた部屋は孤独そのもの
停学中のことを思い出す



停学中、奏は部屋に閉じこもり、誰とも会うことはなかった
鶴美はほぼ毎日家へ訪れたが、なにを言われるか怖くて、部屋の外へ出ようともしなかった
このまま学校も行かず、死ぬまで一生こうしていたかった
奏を部屋の外へ連れ出したのは双馬であった
ある日、奏の元へ一通の封筒が届けられる
拙い漢字で書かれた「諫早奏様」という宛名、裏面を返せば「Jazz Bar Tango」と書いてある
知らないお店であった
奏は封筒を開ける、一枚の紙と緩衝材に包まれたCDがある
紙には、「CD・LPの販売はお任せください 日比谷双馬」と書いてある
早速、奏はパソコンを立げ、CDを再生する
CDはジョン・スコフィールドの「Live」
聴き始めてすぐに手が止まる
トランペットの音かと思いきやエレキ・ギターの音であった
まるで吹くように音が広がっていく
思い付いたままに弾いているようで計算されている
時折、ピアノが交代攻守をしたように弾む
まるで客席に見せつけるかのように高音のフレーズが連続する
ドラムは規則正しいリズムを刻むのではなく、他の楽器の音と絡まり合い混ざり合うのは筆舌に尽くし難い
ここまで繊細な強弱をつけるドラムは聴いたことがない

「口笛・・・」

曲の途中、客席からの音が聴こえた
ケースを見ていなかったがどうやらライブ演奏を録音した物らしい
確かにロックもライブ音源を配信・販売するアーティストは多い
その中にはノイズになりやすいからと、マイクで拾った音だけを集め、観客の出す音を排斥することがある
ライブはステージと客席とのコミュニケーションで成り立つ
どこかと知らぬライブハウスの音の塊は奏を部屋の外へと連れ出す
奏の目にはありありとステージと、客席の景色が見えていた
あっと言う間に3曲目が始まる
情熱的な曲から一転し、ピアノが歌うように弾く、切ない曲が始まった
ギターが呼応するように弾き始めると小さな拍手が起こる
夜の街をカメラで映すかのように情景が移り変わっていく
曲がピークを過ぎると落ち着きを取り戻し、4人が息を合わせ曲を終わらせる
余韻に浸るのも束の間、次の曲が始まる
奏はパソコンにヘッドフォンを差し、音量バーを大きく右に流した
ギターとベースがペアダンスを踊る様に絡み合い、ドラムが野性的な音を繰り出す
観客の心臓の血が沸き上がり、思い思いの言葉を発する
奏も気が付けば拳を上げ声を出していた
曲を聴き終える頃には心の靄が晴れ、退部届の紙をビリビリに破り捨てた



奏は音楽で誰かと繋がりたかった
形に拘るあまり忘れかけていた思い
奏はギターを手に取った



制服に着替え、カーテンを開く
今日も眩しいくらい太陽が輝いていた
奏は朝食を食べ終えると、ギグバッグを背負い、リュックを肩に掛けて部屋を飛び出した