早朝6時。俊は教室に荷物を置いて練習場所へ向かう
部活の練習があったとしても制服で登校しなければならない
校門には教員が2名立って生徒を監視する
俊が川沿いのグランドに到着すると健後がストレッチをしていた
1年生は朝の5時から練習を開始し、2・3年生は6時から練習を開始する
3年生の威勢の良い声に背中を押され、1年生は必死にシュート練習をしている

「おせーぞ俊」
「悪ぃ健後」

俊はスパイクに履き替え爪先を地面に立てる
固い土の感触が伝わって来る
近隣の高校でここまでお粗末な練習環境はなく、大体の部員は足に傷が付いている

「俊ク~ン」

俊は土手沿いを見る
他校の生徒が自転車を停めて集まっている
俊は手を振ると一人の女子生徒がタオルを投げる
それを手に取ると優しく微笑みかける

「サンキュー」

生徒達は黄色い歓声を上げ、決定的な瞬間をカメラに収めようとする
すぐにコーチが一喝を入れる

「フラッシュを止めろ
 練習中だろ」

女子生徒達はしゅんとなり小声でぶつくさ文句を言う
俊は健後の隣に並び、ストレッチをする

「相変わらず凄い声援だな」
「そうだね
 去年は県大会2回戦で敗退したのに」
「今年はベスト8目指すぞ」
「優勝だろ」
「そうだな」

健後は俊の背中を叩く

「健後入りまーす」

健後はゴール前の列に並んだ



俊が再びサッカーに目覚めたのは去年の球技大会からだ
ある日の金曜日、ホームルームで1週間後に球技大会が行われると担任から言われた
優勝賞品は大学の学生食堂で使える5,000円相当のカードであった
ランチは1食500円の為、実質10回分が無料になるのだ
景品は1種目のみで、重複すると2位以下のクラスに渡される
元・サッカー部の俊は現役・サッカー部員に誘われ、昼食を賭けた戦いに身を投じることになった
早速土日に練習試合を入れられてしまい、部活には行けないと蓮児と奏には謝った

「私も旅行だから休むつもりだったし」
「俺もプリキュアのイベントだから無理」

蓮児の話は聞かなかったことにして、奏に予定があったのは意外だ
だが、旅行でなにかを掴んで帰って来るのかもしれない
素直に送り出すことにした



土曜日の夜、俊は練習試合を終えて帰宅する
相手はよりによって大分県大会3位のチームであった
流石に控え選手であったが、それでも強い
勘を取り戻すのにやっとなのに、高校生と思えぬ妙技に翻弄された
3対0と砂を噛み締める結果で、消え掛けていた感情が燃え上がった
明日の試合は勝つ
相手は今日よりも弱いが油断をしてはならないと決意を固めた
その時、スマホが鳴って、奏から電話が掛かって来た
旅先での思い出話を聞かせてくれるのだろうと浮足立った

「よぉ奏
 旅行は楽しかったか」
「うん。健後君結構面白い子だね」
「なんで健後が」
「あれラインしたのに」
「ごめん一旦切る」
「うん」

慌ててトーク画面を見ると、健後と楽しそうにする奏の写真が送られていた
奏に電話をする

「俺も呼んでくれよ」
「先に声掛けてくれたの健後君だから
 勝手に人数増やすと悪いじゃん
 それに二人共なにかありそうだし」

俊は健後を邪険に思ったことは一度もない
それよりも今でも良き親友だと思っている
だが健後は違うのかと、俊は首を傾げた

「今ホテルなんだけど」
「ビジホ」
「そうビジホ」

俊はよかったと胸を撫で下ろす

「じゃあデートじゃないんだ」
「私は別れる前に他の男とは付き合わないよ」
「別れる?」
「あー丁度健後君にもその話したんだけどね
 私の頭の中に王子様がいるの
 まだ会えていない記憶の中の人
 だからその人に会ってお別れを言いたい」

俊は無意識に口に出す

「付き合うことはできないのか」
「前に進みたいから」
「そっか」

奏は俊の声が小さくなったのを察して

「なにかあったの」
「別に・・・」

俊は平然を取り繕う

「会えるといいな王子様に」
「うん。じゃないと私一生孤独だから」
「俺達がいるだろ」

奏は慌てる

「そういう意味じゃないって」
「わかってる
 じゃあお休み」
「お休み」

俊は電話を切る
スマホを耳から離し、黒い画面をじっと見つめる

(寂しい思いをさせてごめん)

俊はいつかその日が来ると思っていた
それが今来ると思わなかった
ラインで兄にメッセージを送る

「またサッカーやりたいと思う」



1年生はポジション別に集まり、2・3年生のシュート練習が始まる
健後の放ったボールがゴールポストを跳ね返り俊の方へ向かってくる
俊はボールをピタリと止め、ゴールにシュートを入れた
ゴールキーパーは咄嗟に腕を伸ばすが、反応が遅く、後ろでネットが揺れる
コーチがすぐに声を上げる

「俊勝手に蹴るな」
「ボールが2個に増えた時の練習です」

部員達の顔が緩む

「アップ済ませたなら早く練習するぞ」
「うっす」

俊は軽く足踏みをするとコートの中に足を踏み入れた

「俊行きまーす」